橋下徹さんの演説を聞いた

出来事

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目覚ましが鳴ったのに止めてしまった。起きると7時5分前だった。これでは、林間田園都市駅7時38分にはとても間に合わない。仕方がないので1本遅い電車で大正区に行くことにした。朝ご飯を食べる間がないので、遅くなったついでにファミリーマートに立ち寄った。8時38分、林間田園都市駅のの前についた。阪本事務所に車を置いて駅に歩いて登ってくるのに10分と予測して、坂道を早足で上ってきた。
駅で切符を買い、階段を降りホームに入ると7時47分の急行が発車したところだった。あと1分早かったら乗ることができたのに残念だった。
8時4分の急行に乗り、新今宮で降り、乗り換えてJRで大正区に行き、バスに乗って共産党大正区事務所の前に立ったのが9時17分だった。

カギが閉まっていた。仕方がないので地区委員長に電話をすると、9時ではなく10時だという話だった。この電話をしてすぐに自転車でやってきた人がいた。若い男の人だった。
「閉まっているみたいですね」
そう言って、あいさつをした。
「コーヒーを飲むところ、知りませんか」
10時だというので35分ほどの時間がある。
「よく分からないです」
こう言われたので、適当にバスが走ってきた反対方向に歩くことにした。
ずーっと歩いても喫茶店らしきものが全く見あたらない。15分ぐらい歩いたところで間口の狭いCafeが1軒あった。ちょっとローカルな感じだったので入るのをためらって、もう少し歩いてみることにした。行っても行ってもCafeはない。仕方がないので戻ることにした。戻り始めるとiPhoneがブルブル震えた。富岡さんからの電話だった。事務所について2階にいるのだという。急いで事務所に戻ることにした。

午前中は、6人でメガホン宣伝に行くことになった。喫茶店を探しに行ったのと反対方向に歩いて行くと、1分もしないところにミスタードーナツがあった。
「ほよ」
こっちに歩いてきたらコーヒーが飲めたのに残念だった。
メガホンによる肉声でも結構音が届くものだ。市長には、のあと柳本さんの名前を言い、知事にはのあと栗原さんの名前を言う。ここでみんなが声を合わせる。声を出す人間が複数いるとかなり大きな音になる。肉声あなどるなかれだ。

お昼はスシローに6人で食べに行った。待つこと5分、無事にテーブルに着いた。食べ終わって支払いを済ませて外に出ようとすると、たくさんの人が入口で待っていた。戦争のような状態だった。タッチの差でぼくたちは気持ちよく食事にありつけたようだ。

午後は、高本市議と電話かけを行った。3時になったときに、大正区役所前で橋下徹さんの演説があると言うことだったので、みんなして聞きに行った。これがこのときの写真だ。
橋下さんの演説は、話し言葉のまま、トークをしているかのような語り口だった。フランクに自在にしゃべる語りは天才的だなと思った。話がうまい。
地方自治体に関係している議員の立場から言うと、地方自治体という存在は、そのほとんどが住民のくらしと福祉を支えるための仕事をしているので、橋下さんのように自民・民主・共産が全く何もしてこなかったようなことを平気で語り、バッサリ切り捨てるようなもののいい方はできない。橋下さんが実現してきたものの中にも、何十年も要求が出され、ようやく実現したものがある。なぜそういうことが起こるのかというと、それは行政の連続性による。中学校給食の実現もそのひとつだ。それを過去の自治体が全く何もしてこなかったように描き、改革を進めたのは維新の政治だというように描くのは極端だった。
教育費の予算を大きく増やしてきたことを橋下さんは強調し、成果を誇ったが、全体像は語らなかった。大阪市の教育予算は、削減ないし横ばい状態で推移している。増やしたのは、同じ教育予算を削り、その削った予算で、教育を充実したからに他ならない。このような手法は、国が最近よくやっている方法だ。教育の中に対立を持ち込み、分断を図りつつ、教育費を削り教育費を増やす。自分が実現したことを改革だといい、改革の中身を自由に語りながら、何もしてこなかったのは自民・民主・共産だというように描く。
聴衆は300人程度だったように見えた(これはぼくの感想)。拍手をしていたのは3分の1程度。SPが要所要所に立ち、歩道に人が出てこないようにロープで区切って歩道を開ける方法を取っていたが、それは、テロ対策という側面も持っていた。市長だった人の演説で、SPがついて監視をしているというのは見たことがないので驚いた。
赤バスの廃止で特別養護老人ホームを増やした。保育所を増やしたので待機児童はゼロになったと語っていた。特養問題というのはよく知らないが、保育所については、待機児童の解消は実現していないのが本当の姿だという。

でも、橋下さんの演説を聞いたら、事実関係の全体像を知らない人は、橋下さんの魅力に魅せられるだろうなと思った。対立を上手に描くのがうまい。ということでもあるだろう。ネット上にも、実際に橋下さんがしてきたことの全体像がきちんと描かれている。こういうことを知って、判断することが何よりも大切だろう。

維新政治。格差と貧困が広がる中で、新自由主義という分断の論理を徹底的に利用し、市民の不満を土台にして対立を煽り、弱者を切り捨て自分のしたいことをやり遂げようとする政治的手法は、市民の根底に流れている怨嗟を利用して、それを逆手に取るというものだ。世代間対立や公務員=悪だとして市民と公務員の利益が対立しているかのように描いて、溜飲を下げるという方法は、ユダヤ人があたかもドイツ人の生活を圧迫しているかのように描いて、台頭してきたヒットラーに似ている。怨嗟を利用する政治の先にあるのは、国民の分断と差別に他ならない。
立ち向かうために必要で重要なのは、国民による連帯だろう。分断に対しては、手を携えてともに前に進むという方法を取らなければならない。連帯と協力・共同の先に本当のまちづくりがある。このことをぜひ見抜いて欲しい。

出来事

Posted by 東芝 弘明