道路整備は経済活性化の起爆剤ではない

雑感

かつらぎ町は、戦後最高のインフラ整備の中にある。京奈和自動車道は、和歌山県については全線開通し、高速道路と連結した。四郷のトンネルもようやく開通して、大阪の外環状線までわずか15分で到達できるようになった。河南県道も拡幅され、車の移動という点では信号の少ない快適な道路となったし、笠田の大門口から高野山内まで30分で行けるようになった。ぼくが20代の頃、笠田から花園地域に行くには峠の山越えを3度も繰り返して、たっぷり1時間ほどかかったが、こちらも今は30分で到着できるようになった。

道路整備が地域経済の起爆剤とか、地域活性化の要だとかさまざまな言い方をされてきたし、道路の整備によって都市化が進んで活性化した地域もある。しかし、道路の整備が必ずしも地域経済の活性兄はつながっていないという厳しい現実がある。日本全体で言えば、道路の整備は人口減少の歯止めにはならず、経済の活性化にはつながっていないのは歴然としている。日本は、毎年道路整備では、整備率を右肩上がりで伸ばしてきている。しかし、人口は減少に転じ、国内総生産は10年以上横ばい状態を続け、先進国の中でも唯一と言っていいほど生産力の発展しない国となってしまった。

極めて鮮明なのは、道路整備が経済発展の必要十分条件ではないということだ。高度経済成長は道路整備だけでもたらされたのではなく、さまざまな要因が絡み合って実現したものであり、道路整備は産業の発展によって求められたものだったということだろう。もちろん、流通の発展が必要だったので、産業経済を支えるものとして道路整備が求められてきた。間違ってはならないのは、道路整備が産業発展を牽引したのではなく、産業の発展が道路の整備を求めたということだろう。
日本は、都市に人口を集中させるような政策がとられ、第一次産業の衰退と第二次、第三次産業の進展という政策をとってきたが、その破たんは高度経済成長の終焉とともに徐々に目に見えて現れ始めたのではないだろうか。
日本の均衡ある発展、自然と産業の調和、第一次産業を重視し、食糧を日本国内で賄う方向への転換を軸にして、高度経済成長で推進してきた方向を軌道修正すること、同時に日本国憲法が指ししめしてきた国民主権に基づいて社会保障、社会福祉を充実させる方向への転換を図れば、もっと調和のとれた日本経済の発展を描けたのではないだろうか。今のように都市の再開発と中山間地の著しい衰退というような極端な弊害は生まれなかったのではないだろうか。

国民の暮らしを支える第一次産業が衰退し、明らかに年々生産力が減少している現在の状況下で、どんなにインフラ整備を進めても地域経済は活性化しない。人間が生活していく基盤が縮小しているのに産業経済の発展の外的要因でしかないインフラ整備を進めても、人口減少には歯止めがかからないのは明らかだ。
かつらぎ町の生産力の衰退、地域力の低下というのは、産業の衰退に原因がある。ここで活性化を図らないと地域経済の再生も地域の再生もない。道路整備に力を入れても、道路整備が地域経済の活性化をもたらさないのは、明らかだ。
目に見えているのは、道路がよくなれば、都市から人がかつらぎ町にやって来て、買い物をしてくれる可能性が高まっているということだろう。交流人口が増えて物産販売所での買い物や観光農園にきてくれる人々が増えたり、観光に来る人口が増える可能性がある。しかし、それがどれだけの経済活性化につながる力を持っているのかは、冷静に計算して見極める必要がある。地域経済に大きなインパクトを与えるためには、これらの変化が生産と労働力人口の拡大につながるものにならないと本物の変化にはつながらない。

地場産業興しや農業の再生、転住人口の拡大というものがどうなっていくのかを軸に地域経済の活性化をみないと、展望は切り開けない。
「京奈和自動車道は地域経済発展の起爆剤」
開通したときの竣工式で、自民党の国会議員の方々は手放しでこう言った。このような決まり文句をいうのではなく、地域に入ってきて、生産現場がどうなっているのかを見る必要がある。そういうことを見ないで高度経済成長の時期と同じようなことを言っても、何の力にもならない。
日本全体の活性化は、現在進められている自民党を中心とする経済政策からの転換にある。このことに気がつかないうちは、中山間地の再生はないし、日本の再生もない。


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雑感

Posted by 東芝 弘明