平和外交と憲法9条
憲法第9条は、憲法前文とセットで実行してはじめて大きな力になると思っている。
平和でなければ憲法第9条は成り立たないとも思っている。だからこそ、日本政府は情熱を込めて、必死に恒久平和を説く国、戦争を阻止し、回避するために全力を尽くす希有な存在でなければならない。
憲法前文を引用してみよう。
日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。
われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。
日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。
前文の最後のところ、「国家の名誉にかけ、全力を上げてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ」というのは、平和を維持するために、徹底的に平和外交を行うことを含んでいる。憲法第9条だけがあれば、平和が維持できるとは考えていない。これが日本国憲法の立場だった。
日本政府は、この憲法を国際社会の中で実践して来ただろうか。恒久平和の理念や憲法第9条の考え方を国際社会に向けて訴えてきただろうか。そういうことはしてこなかったのではないだろうか。
日本が「名誉ある地位を占め」ようとおもえば、戦争の反省を語り、平和の尊さを語り、平和のうちに生存する権利を語り広げなければならない。戦争を回避すること、国の交戦権を放棄することの意味を説いて回ること。これを戦後80年間続けてきたら、日本の国際的な地位は、もっと大きくなっていたのではないだろうか。
核兵器廃絶の願いと恒久平和は一体のものだと思う。広島・長崎に原子爆弾が投下され、多くの人々が命を奪われた体験が、憲法第9条につながっている。恒久平和主義は、世界史の歴史の教訓として生まれてきたものだ。
80年間サボタージュしてきた状態を改善する努力は、政権交代から始まる。憲法を日本社会に生かす改革が、今こそ求められている。日本が積極的に平和外交に取り組む姿を見てみたい。
この議論の先に日米安保条約の是非がある。在日米軍の存在の是非とともに。日本政府が真摯に恒久平和に取り組めば、本当の意味での日本の独立の課題が姿を現すだろう。








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