電車での移動の中で

未分類

島根県の飯南町も大田市も、ひっそりとした感じがした。車がそんなに走っていない。静かな街並だった。
飯南町の議員の方々は、非常に気さくな方々で広報委員会の視察は、心の通い合うやり取りが交わされた。
今日は、世界遺産に登録された石見銀山に行き、世界遺産の観光PRがどのようになされているのかを見て回った。銀山は思ったよりも小さいものだったが、街道の町並みには趣があり、かつらぎ町の大和街道との違いを痛感させられた。
今年の6月末に世界遺産に登録され、4か月。観光客は多かったが、この状態がいつまで続くのか、心配にもなった。趣のある町並みをあるいていると、電柱の地中化の工事がおこなわれ、世界遺産に対する力の入れようが感じられた。
大阪から来ている観光客もあり、幅の広いところから反応があることが分かった。
かつらぎ町は、産業観光課の努力もあって観光会社がかつらぎ町をターゲットにした企画を組むことによって観光客が増え、18年度は104万人を突破した。このうち、50万人が物産販売関係のお客さんだったので、経済波及効果が生まれている。
しかし、石見銀山のような大人数が、丹生都比売神社に来ているような状況にはないし、世界遺産にちなんだおみやげ物が生まれているわけではない。
大田市は、世界遺産登録ののぼりやポスターが至るところに目につき、市あげての力のいれようを感じさせるものがあった。
ビジネスホテルの泊まり、夕食を外に食べに行った際、asahiスーパードライを注文すると瓶ビールのラベルに「祝世界遺産登録 石見銀山」という文字とDesignが施されていた。早速、H議員がかつらぎ町の造り酒屋に連絡し、問い合わせをすると、1万本から印刷をおこなえるという話が返ってきた。
こういう努力も大切だという話になって、石見銀山のコマーシャル入りの瓶ビールの空き瓶を1本、かつらぎ町役場まで持ち帰ることになった。
今日は、世界遺産を見たあとは、ひたすら帰路につくという日程だった。
移動の電車の中で、「生物と無生物のあいだ」という福岡伸一氏の本を読み終えた。この本は、1週間前、犬山市に視察に行ったとき、名古屋駅にあった本屋さんで目にとまり購入した本だった。
この本は、野口英世の研究が、今日ではほとんど誤りだったことを語りながら始まる。生物学がどのようにして、細菌よりも遙かに小さいウイルスを発見するに至ったのか、DNAの2重らせん構造を、人類はどのような研究の経緯をたどって解明していったのか、詩的な文体の中でみごとに解き明かしている。
生命とは何か。
現在の自然科学は、物理学と化学の研究によって生命の運動を徐々に明らかにしつつある。
ぼくは、この本を読みながら、スピリチュアルなる言葉で、生命を語る現在の流行を考えていた。生物科学の世界は、霊魂などの観念論的な世界よりも遙かに豊かに、しかも詩的に、しかも科学的でありながら同時にきわめて衝撃的に、いわば神秘的に明らかにしつつある。
解明されつつある科学的な知見は、生命運動の謎をより一層深めさせるものになっている。科学的に解明すればするほど生命の神秘の謎は深まっているようにさえ感じる。
このことをもう少し、別の角度から言い換えてみよう。
科学は、数学の言葉で事実を「割り切る」のではない。科学は、非常に豊かな細胞の分子レベルの運動を事実に即して、気の遠くなるような丹念な実験と考察の中で、生命がゆるやかにカーブしていつのであれば、ゆるやかなカーブに添って理解し、把握する行為に他ならない。人間の予測をはるかに超える事実に即して解明していく研究という名の努力は、人類の単純な観念的な世界をはるかに凌駕している。「科学で割り切ることはできない」という言い方を時々耳にするが、事実を割り切るために科学があるのではない。科学は、もっとも基本的な構造から非常に複雑な現象に至るまで、事実に即して明らかにする行為に他ならない。複雑な生命の運動には、非常に複雑な運動平衡というシステムが働いている。エントロピーの増大に至る法則に抗するように、生命は、自己をたえず破壊しながら食物を取り込むことによって、猛スピードで自己を再生している。それは運動しながら平衡をたえず保つという存在の仕方によってエントロピーの増大を排除している。
生命は、自己を否定しながら自己を保存しつつ、らせんを描くように生成・発展・消滅の過程の中にある。100年以上前にエンゲルスが明らかにした生命の弁証法は、細胞の具体的な研究を通じて、あらたな概念とあらたな具体的運動形態をもって、エンゲルスの時代と比べものにならないほど豊かに自然の弁証法を明らかにしつつある。弁証法という言葉は、本の中にどこにも存在しないのに、書かれている内容は、弁証法そのものだった。しかし、驚くのは、自然の対称性だ。NDAしかり、生物の左右の対称性しかり。驚きは、衝撃的ですらある。
この本では、ノックアウトという実験で、膵臓内で生成されているGP2というタンパク質の細胞を取り除いたマウス(ノックアウトマウス)が、GP2なしでも正常に育ち、この物質がないことをおぎなっていることを書いている。また、物質に作用しているブラウン運動による平衡状態が、進化にも影響を与えていると書き、進化はランダムにおこなわれてきたという説に対し、反論を試みている。
ブラウン運動は、分子に他の分子が当たることによってランダムな運動をおこすというものだが、しかし、この運動は、しだいに物質の均一な分布に落ち着く。これが生物にも影響をおよぼすので、ランダムな進化が起こり、それが自然に適応するかどうかで自然淘汰が起こるということではないというのだ。しかも生物は、この分子レベルの運動に従うだけでなく、より一層複雑な秩序を生み出しているのだという。おもしろい。
なぜ自然の造形美はあんなにも美しいのだろうか。その答えが、見事な仮説になって本の中に存在している。
この本は、ぼくが20代に読んだ「エントロピーの法則」(あんまり科学的な本ではないが)という本への積極的な回答にもなっている。
この本の帯には、最相葉月さんの推薦のコメントが載っていた。この文章に出会うことによって、ぼくは本をレジの前に差し出した。1冊の本との出会いが、新しい視野を開く。今回のこの本は、ぼくにそういう衝撃を与えてくれた。感謝したい。
生物と無生物のあいだ (講談社現代新書 1891)/福岡 伸一

¥777
Amazon.co.jp

未分類

Posted by 東芝 弘明