自民党の憲法改正草案は、まさに対米従属の草案
前衛5月号の「アメリカが求める九条改憲の深層」という末浪靖司氏の論文が興味深かったです。
この論文は、公表されたアメリカの機密文書を活用して書かれたもので、日本国憲法9条の改正の企ては、アメリカの意向によって実施されてきたことが鮮明になっています。
安倍総理は、押しつけ憲法だといい、明治憲法のような欽定憲法でもない憲法、つまり国民自らの手で憲法をつくるという意味で「憲法を国民の手で取り戻そう」と呼びかけています。
しかし、憲法9条の改正が、アメリカの国家戦略に沿ったものであり、日本国民の意思に反するものであるならば、安倍総理は、アメリカによる押しつけ憲法を新たに作ろうとしているということになります。
公表された機密文書は、アメリカが憲法改正を国家戦略として求め、サンフランシスコ講和条約と日米安保条約を締結した経緯が浮き彫りにしています。
1950年の朝鮮戦争勃発時、GHQの指令に基づくポツダム政令によって、総理府の機関である警察予備隊が組織されました。これが陸上自衛隊の始まりです。
日本の自衛隊は、アメリカの冷戦政策という戦略のなかで、アメリカの意向によって作られたものであり、日米安保条約によるアメリカ軍の駐留と抱き合わせで作られた対米従属の組織だったということです。この基本的な性格は、今も変わっていません。
GHQの総司令官であったマッカーサーが、憲法9条に対してどう考えていたのかも、機密文書の公開で明らかになりました。
少し引用します。
「彼〔マッカーサー〕は、日本政府に対する(占領軍の)統制の行使は、アメリカで考えているよりもはるかに弱いものであったとのべた。憲法の諸規定、例えば、戦力とその使用を永久に放棄することなどは、日本人のイニシアチブの成果であって、彼が日本人に強制したのではまったくない。戦争の成り行きが日本人の心理に深刻な影響を与えたのであり、そして日本人が戦争を放棄したのは、SCAP(連合軍最高司令官)の希望に迎合したことの表れではなく、途方もない国民的体験への反作用の表れである、と彼は実際に思っていた」(1948年3月5日 会談覚書、機密、参加者:マッカーサー総司令官、ジョージ・ケナン)。
この会談は、アメリカ政府の意向をうけたジョージ・ケナン(国務省政策企画室長)が1948年2月〜3月に日本に来て、マッカーサーと会談したものです。日本の再軍備を実現する方向で、マッカーサーに打診しても、マッカーサーは、日本国民の意思があるのでむつかしいという態度を取ったということです。
マッカーサーのこの認識は、当時の日本国民の意識を踏まえたものでしょう。9条は日本国民が作ったものだったという証言として読めると思います。
広島・長崎に原子爆弾が投下され、大都市はほとんど焼け野原となり、戦争の傷跡は、日本国民に深く刻まれていました。日本国民の意思が、憲法9条を生み出したというマッカーサーの証言は重いのではないでしょうか。
その後アメリカは、サンフランシスコ講和条約の締結と日米安保条約の締結へと進んでいきます。戦争を終結するためにどうしても講和条約を結ばなければならない、そうなると米軍は日本から撤退しなければならなくなる、アメリカはこの事態をどうしても避ける必要があった、その結果、編みだされたのが講和条約と同時に日米安保条約を締結することでした。日本の再軍備もこの過程の中で不可分一体のものとして推進されたのだということです。
ところで、9条の1項は、「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」と書いています。国民が素直な気持ちでこの規定を読めば、これで戦争はしないというように読めます。しかし、このような規定を憲法にもっている国は、日本も含めイタリア(11)、ハンガリー(6)、アゼル バイジャン(9)、エクアドル(4)(括弧の数字は憲法の条数を示す)の5国あります。
これらの国は、軍隊をもち、軍事同盟にも加わっているところもあります。このような条文を持っていても自衛のための戦争は禁止されないというのが、憲法論の共通した解釈です。
自民党の憲法改正草案は、9条の第1項の条文をほぼ踏襲し、2項でわざわざ「前項の規定は、自衛権の発動を妨げるものではない」と書いています。さらに九条の二という条文を新たに作っています。
「(国防軍)
第九条の二 我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全を確保するため、内閣総理大臣を最高指揮官とする国防軍を保持する。
2 国防軍は、前項の規定による任務を遂行する際は、法律の定めるところにより、国会の承認その他の統制に服する。
3 国防軍は、第一項に規定する任務を遂行するための活動のほか、法律の定めるところにより、国際社会の平和と安全を確保するために国際的に協調して行われる活動及び公の秩序を維持し、又は国民の生命若しくは自由を守るための活動を行うことができる。
4 前二項に定めるもののほか、国防軍の組織、統制及び機密の保持に関する事項は、法律で定める。
5 国防軍に属する軍人その他の公務員がその職務の実施に伴う罪又は国防軍の機密に関する罪を犯した場合の裁判を行うため、法律の定めるところにより、国防軍に審判所を置く。この場合においては、被告人が裁判所へ上訴する権利は、保障されなければならない」
軍事裁判所を設置することも驚きですが、「国際社会の平和と安全を確保するために国際的に協調して行われる活動及び公の秩序を維持し、又は国民の生命若しくは自由を守るための活動を行うことができる」としているのは、極めて危険です。
軍事同盟を結んで共同作戦を展開できる規定というのは、「自衛」という名の戦争であれば、外国に出て戦争ができるということを意味します。
今日の「赤旗」日刊紙に面白い指摘がありました。
多くの国は、憲法に「開戦規定」をもっているのに、自民党憲法改正草案は、そういう規定を持っていないという指摘でした。この指摘が、面白いのは、自衛のための戦争を行える国でも、「開戦規定」があるのに、自民党の憲法改正草案には、「開戦規定」がないという指摘です。
つまり、自民党は、日本国が自ら開戦宣言をすることは想定しておらず、一貫してアメリカが引き起こす戦争に同盟国として参加することを考えているということです。「開戦規定」は不要だということです。開戦はアメリカがしてくれますから。
自主憲法といいながら、アメリカへの対米従属を最優先して、憲法も対米従属憲法に作りかえようとしている。ここに自民党の憲法改正草案の本質の一つがあるということです。
「さっぱり分からない」
「実に面白い」
月9の新しいドラマ、「ガリレオ」の湯浅学(福山雅治)の決め台詞風に言えばこうなるでしょう。ミステリアスな草案(?)が、自民党の憲法改正草案」なのだと思います。TPPも対米従属、憲法草案も対米従属、ここに自民党の真骨頂がありそうです。










ディスカッション
コメント一覧
政治論というのは信念の問題ですので、キリスト教徒がイスラム経典を読んでも理解できないのと同じです。
で・・・9条に絞りますが・・
第9条日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
これを守るということは、自衛隊を認める?認めない?
象徴天皇は認めて、日の丸は認めない?君が代も認めない?
それと自民党草案の軍事裁判所を設置することですが・・・・常識レベルの話であって、軍隊なら警察権と裁判権をもちます。
軍事裁判所を設置することも驚きと書かれると・・・逆にそんなの常識じゃないのと驚きです。
だいたい・・・日本国憲法の序文だけど、英訳なので日本語としてなんとなく変な文章。
自衛隊は憲法違反の軍隊です。しかも、アメリカの軍事戦略に組み込まれた対米従属の軍隊で、隊の編成の仕方も、装備も在日米軍を補完する軍隊として機能するように組織されています。
軍事訓練も、アメリカの指揮の下で動く訓練まで行われています。
ただし、自衛隊に対する評価については、国民の中にさまざまな意識があり、自衛隊を9条に基づいて解体するためには、国民的な合意が必要になり、日本国憲法の実施を目的とした連合政権ができても、自衛隊を縮小解体するには、時間がかかります。
日米間には、さまざまな密約があります。秘密外交や秘密にされている軍事的な密約は、国民の前に明らかにされる必要があります。自衛隊が対米従属の軍隊であることも、具体的な事実を持って明らかにされるべきでしょう。
国民的な合意が成立したあとも、自衛隊を具体的に解体し廃止することについても、時間がかかります。25万人の自衛隊をいきなり解散することは不可能です。自衛隊員にも生活があります。再就職も必要です。その間に国民のために自衛隊が災害などで役割を果たすこともありうると思います。
日の丸と君が代については、複雑な問題がありますが、国民的な合意を得られない歴史があるので、新しい日本にふさわしい国旗と国歌を制定するという議論が将来起こるかも知れません。起こらないかも知れません。いずれにしても、国旗、国歌を国民に強要すべきではありません。思想信条の自由を守るということが、学校も含め貫かれる必要があります。
第2次世界大戦に対する地球規模の認識では、日本とドイツとイタリアが行った戦争は、侵略戦争であり、ファシズムを許さないたたかいとして戦争が終結したというのが、国際的な到達点です。この上に立って国連が作られ、国連憲章が生まれ、この憲章のさらなる発展として日本国憲法が生まれました。この憲法に国民の意思が強く反映していたことは、マッカーサーなどの証言によっても明らかです。
第2次世界大戦を自存自衛の戦いだと描いて、日本国憲法を否定し、国家が国民を支配する憲法に作りかえることは、許されない行為だと思います。こういう憲法改正を日本国憲法は禁止しています。
百歩譲ったとしても、立憲主義を否定し、基本的人権に制限をかけ、国家が国民を支配する憲法を制定することは、許されない行為だと思います。
十分事実と確認できない想像で存在する自衛隊を評価するのは、結局信念に基づく政治的立場に過ぎません。政治家の悪いところは、信念が間違っていると認めないところです。
自衛隊を解体??????それと思想信条の自由を守ることと、日の丸・君が代を認めることは別問題です。
基本的に日本共産党の考えは間違っている。
もし思想信条の自由を守ることで、日の丸・君が代を認めないことがいいのなら、中学生が入学した中学の教育方針が気に入らないので、校歌と校章を認めない。・・・ということが論理として成り立つ。
この国に生まれて生活している以上、いかなる歴史的問題があろうとも、国旗は日の丸で国歌は君が代です。
日本共産党のような考えは、教育にも悪影響を及ぼしかねない思想があることになる。
自衛隊なんか解体できる??????その前に国が滅ぶよ。憲法9条を守って、国を守らず・・・そんな政治論です。
密約????そりゃ~あるかもしれないが、それがどうしたの?と問いかけたい。密約がわるいの?
悪いけど・・・東芝さんの論理は、一般常識からかけ離れているよ。
自衛隊が対米従属になっている問題は、国家の主権に関わる重大問題です。日米安保条約による在日米軍の最大の問題は、アメリカの引き起こす戦争に日本が巻き込まれるということです。
ベトナム戦争もイラク戦争もアフガン戦争も、日本を足場に戦争をしかけました。外国が仕掛けた戦争に日本が巻き込まれる問題は、国家主権の侵害問題でしょう。
北朝鮮が日本よりもアメリカを重視しているのは、米軍の存在が大きいからでしょう。
その国の軍事組織が他国に従属している問題は、密約を中心に成り立っています。事前協議の問題しかり、核兵器の持ち込みしかり、日米地位協定の具体的な姿しかり。です。密約にならざるをえないのは、密約の内容が主権を侵害しているからです。日本国民が納得できない問題が書かれているから秘密になるのです。
家族がアメリカ兵に殺されても裁判さえ行われなかったら、トリノさんは平気ですか。ヨコハマに墜落した米軍戦闘機によって小さい子どもが2人亡くなり、やがて母親も亡くなった事件では、裁判が行われませんでした。そんな事件はたいしたことではありませんか?
日本国民は、地位協定にもとづく具体的な取り決めについて、もしくは、具体的に発生した事件について日本政府とアメリカのやり取りを知る権利があるのではないでしょうか。
日米安保の問題点を憲法改正に絡められても困ります。あえて答えるとすれば
日本国憲法
第九十八条 この憲法は、国の最高法規であつて、その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない。
○2 日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵守することを必要とする。
日米安保条約を誠実に遵守する必要がある。誠実に遵守しなければ憲法違反です。
日米安保条約が、日本国憲法の範囲を超えていなければ、トリノさんの議論で問題ないです。問題は、日米安保条約が、憲法9条の規定を超えているところにあります。その結果、98条の第1項にも抵触するものになっています。
砂川事件(1955年〜1957年)の裁判では、在日米軍の存在は、軍隊であるから9条2項に違反する戦力にあたるという判決(伊達判決)を東京地裁が行いました。これに対し、検察側は、最高裁に上告し、最高裁は、「憲法第9条は日本が主権国として持つ固有の自衛権を否定しておらず、同条が禁止する戦力とは日本国が指揮・管理できる戦力のことであるから、外国の軍隊は戦力にあたらない。したがって、アメリカ軍の駐留は憲法及び前文の趣旨に反しない。他方で、日米安全保障条約のように高度な政治性をもつ条約については、一見してきわめて明白に違憲無効と認められない限り、その内容について違憲かどうかの法的判断を下すことはできない」として、地裁への差し戻しをおこない、この判決が東京地裁で確定しました。
しかし、最近、アメリカの機密文書が公開され、この時の最高裁の判事が、アメリカと直接接触して、アメリカの意向に沿って、地裁の判決をひっくり返したものであることが判明しました。これは、日本の裁判にアメリカが直接介入して、アメリカにとって都合のいい結果を導き出したものとして注目されています。
砂川事件における最高裁の判断は、在日米軍の存在を日本国内の法規(憲法を含む)では裁けない、いわば超法規的な存在だとして、司法の限界を示したところに特徴があります。
ん?日米安保条約が、憲法9条の規定を超えている?そう思うのでしょう?自衛隊も憲法9条の規定を超えています。だから、憲法9条を改正するのです。立法の役目ですよ。
自衛隊も日米安保条約も必要なものです。そう認識できないのであれば話がかみ合わないのは当然。
自衛隊を解体して日米安保条約破棄するのは簡単ではないというか、防衛のビジョンも持たないレベルで自衛隊解体を叫ばれても困る。
この前の教育の入試論でも感じたんだけど、東芝さんが肯定的な理解力、批判力、分析力、総合力、帰納、演繹、現象から本質を見抜く力、表現力、構成力、想像力(イメージ化する力)、創造力、コミュニケーション力、文章力、思考力、論理力など、こういうものを総合的に培っていく教育への転換が求められています。・・・と記載しましたが、それは基礎的な当然しておくべきレベルの学問をし知った上でのことです。
同じように自衛隊と日米安保が必要か?その問いに正しく答えられない判断力では、憲法に対する答えも違ってくる。
トリノさんへ。
議論がかみ合わないので、かみ合わせるために質問いたします。
1 日米安保条約はどうして必要なのですか。
2 世界の中で戦争になっている国は10数カ国です。軍事力が弱い国はたくさんあります。どうして一方的に強い国、資源や市場を欲している国に弱い国が占領されないのですか。
3 在日米軍は日本の防衛に責任を負っているとお考えですか。在日米軍が、日本の主権を著しく侵害していることについて、どうお考えですか。
4 日本国憲法は、国民が権力の手を縛る立憲主義を原則としています。国家権力が国民を支配する憲法への改正をどう思いますか。
1.防衛のシステムはすべて安保条約をもとに出来ているので必要です。
2.具体的な国名を挙げてもらわないと、その地域や状況によって違うので答えられない。
3.責任というか、米軍は日本防衛の一部です。
4.意味が不明です。具体的な条文で論議しないとわからない。
それと、日米安保は憲法違反ではありません。日本国憲法に接触する条文がありません。しかし自衛隊は憲法違反です。自衛隊は必要なので憲法9条は当然改正すべきです。
東芝さんの論理的組み立ては理解できますが・・・・その論理を組み立てる元が僕とは違いましす。自衛隊と米軍が必要と考えるのが常識だと思いますが、それが不要と判断されると、ここで説明しようがない。根本的な思想が違うとしか言いようがない。砂川事件の書き込みは明らかな推測・想像になる。都合の悪い事は想像や推測で誤魔化している。
トリノさんは、資料にあたって書いている訳ではありませんね。
自分の認識の範囲で回答されたのは、とても残念でした。
日米安保条約とは一体何なのか、
なぜ国力、軍事力の小さい国が、侵略されずに成り立っているのか、
アメリカによる主権侵害とはどういうことなのか、
立憲主義とは何か、
については、ある程度調べて答えていただけると思っていましたが、残念な回答になってしまいました。
砂川事件については、ウキペディアで検索してください。裁判の事実経過が書かれています。アメリカによって公開された機密文書についての記述もあります。憶測で書いている訳ではありません。誤魔化しているというのは、批判としてあたりません。
ぼくは、このBlogで氏名を公表して、日本共産党の議員として考え方を示しているので、憶測や推測でコメントを書くような態度は取ってきませんでした。もちろん、書き間違いや認識の間違いもあると思います。しかし、氏名を公表している以上、書いていることについては、責任をもって書いてきたつもりです。
これと同じことをトリノさんに求めるものではありません。でも、ある程度資料に基づいて、答えるべきは、答えるべきではないでしょうか。
日米安保条約については、お調べすることをお薦めします。
世界には軍隊をもたない国が27か国程度あります。それでも平和は維持されています。前田朗著『軍隊のない国家 27の国々と人びと』という本もあるようです。軍事力による抑止力が、平和を維持する唯一のものだということではありません。
立憲主義も検索すれば、意味が分かります。日弁連の「立憲主義の堅持と日本国憲法の基本原理の尊重を求める宣言」をお読みください。http://www.nichibenren.or.jp/activity/document/civil_liberties/year/2005/2005_1.html
このトピックスは憲法なので、その話題からあまり逸脱しないように注意しています。よって砂川事件は調べていません。というか東芝さんの書き込み内容から、日米安保に影響を及ぼす程度の内容でないと切って捨てただけです。こういう論戦の場合、東芝さんの思考パターンに入ってしまうと、東芝さんが正しいことになってしまう。宗教論と同じです。宗教の場合、教義が正しいと仮定すれば正しい教えになる。が・・・その元になる教義が間違っていたら、答えは違います。
改憲問題や日米安保を語るときに、ヨコハマに墜落した米軍戦闘機によって小さい子どもが2人亡くなり、やがて母親も亡くなった事件や砂川事件を僕は判断材料として考慮しません。東芝さんは大きな材料となるのでしょう?
そこが違うのです。砂川事件を語り始めると、東芝さんの改憲に対する態度が正しくなる。だから、砂川事件を切り捨てただけです。事実であろうがなかろうが改憲に影響を及ぼす内容ではない。
国力、軍事力の小さい国が、侵略されずに成り立っているのか?・・・そりゃ~バチカン市国は軍隊を持たないでしょう?・・・そんな例と日本を同じに考えるような空想主義者ではありません。
僕が判断するのは、日本国憲法の原文と自衛隊・米軍の存在です。そこに存在する自衛隊が憲法違反であるのであれば憲法の文章を直せばいい。そう考えるのです。自衛隊を無くすのは簡単ではない。文章を直すのは簡単です。元に戻すのも簡単にできる。
日本国憲法を変えようと思えば、憲法違反の既成事実を積み重ねればいい。現実が憲法とかけ離れれば、現実に合わせればいいということになりますね。
自民党は、基本的人権を破壊するような法律を一生懸命作ろうとしています(盗聴法、マイナンバー制度、有事法制、共謀罪、秘密保全法など)。そういう現実がすすめば、財産を取り上げることも、政府に反対する運動を弾圧することも、現実によりよく合致するからいいということになります。日本国憲法は、最高法規として位置づけられ、この憲法に反する法律を認めないという規定を持っていますが、トリノさんの論でいれば、憲法違反の法律をどんどん作ってもいいことになるのではないですか。
こういう立場に立つというのであれば、憲法論議その者が成り立たなくなると思います。千五ものすごく多く行われた違憲裁判は、トリノさんにとっては意味のないものになるのではないでしょうか。
ごく最近の例では、障害者自立支援法が、障害を持っているだけで費用の負担を求めるものになっており、憲法違反だとして裁判がおこり、国はこの点を認めて自立支援法を廃止するということで和解しました。法律によって生まれた現実が、憲法に違反しているということで、国は誤りを認めたということです。こういう事例をどう考えるのでしょうか。
>日本国憲法を変えようと思えば、憲法違反の既成事実を積み重ねればいい。現実が憲法とかけ離れれば、現実>に合わせればいいということになりますね。
文章の内容が違います。
既成事実を積み重ねにより、現実が憲法とかけ離れれば、日本国憲法を改正すればよい。が正確な表現です。
それと基本的人権というのは日本国の主権が存在するという条件のもと、認められるものです。他国の侵攻をうけて占領下になれば全ての法律が停止することになり、基本的人権も認められません。
つまり条件付の基本的人権なのです。いくら憲法9条を守っても、日本国を守らなければ意味がないのです。
国防というのは日本国の法律全てを守る意味があるのです。そのために北方領土や竹島・尖閣諸島のような大した意味もない小さい領土で、あれほど必死になって領有権を主張しあうのです。北方領土に基本的人権は存在しますか?日本の法律が適用されないでしょう?それほど国防というのは重要な事です。非常事態においては基本的人権を無視しても国を守る必要がある事です。
障害者自立支援法?憲法違反なんでしょう?国は誤りを認めならそのとおり・・・憲法違反はよくない。
同じように憲法違反の自衛隊はよくない・・・・というわけにはいかない。この場合は憲法がよくないので改正すべきです。
比べるレベルが違いすぎる。
「それと基本的人権というのは日本国の主権が存在するという条件のもと、認められるものです。他国の侵攻をうけて占領下になれば全ての法律が停止することになり、基本的人権も認められません。
つまり条件付の基本的人権なのです。いくら憲法9条を守っても、日本国を守らなければ意味がないのです。
国防というのは日本国の法律全てを守る意味があるのです。そのために北方領土や竹島・尖閣諸島のような大した意味もない小さい領土で、あれほど必死になって領有権を主張しあうのです。北方領土に基本的人権は存在しますか?日本の法律が適用されないでしょう?それほど国防というのは重要な事です。非常事態においては基本的人権を無視しても国を守る必要がある事です。」
トリノさんのこの文章こそが、日本をあの戦争に巻き込んだ最悪の考え方でした。戦前の日本は、このトリノさんのいう原則を国家の原則にしていた国です。この考え方を覆して、国民主権を確立したのが日本国憲法でした。
「非常時においては基本的人権を無視しても国を守る必要がある」という考え方を実際に貫いていた国は、戦前では日本、ドイツ(ヒットラー)、イタリア(ムッソリーニ)でした。戦後では、ソ連、北朝鮮、軍事独裁政権であった韓国、その他軍事独裁政権などなどです。
日本国憲法の前文は、「人民の人民による人民のための政治」という原則を次の言葉で表しています。
「そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。」──国家主権が国民の基本的人権よりも優先するという考え方を日本国憲法は克服し、国民主権を樹立しました。この原則に矛盾する別の原則はありません。徹頭徹尾、この原則を貫くのが日本国憲法の精神であり、この原則は、人類が到達した現代国家の共通の原則だということです。
立憲主義について、トリノさんは結局言及されませんでした。国民主権によって、国民が国家の手をしばるというのが立憲主義ですから、まさにこの最も原則的な規定とトリノさんの書いたことは、真正面から対立しているということです。
今回のやり取りは、論議が実を結んで深まるというものではなかったと思っています。現代憲法が、何を中心になり立っているのかを踏まえたやり取りをしたかったですね。
自民党の「憲法改正草案」は、憲法学者の総批判を受けています。憲法改正論者であった憲法学者もこぞって反対を表明するような様相を呈しています。議論に堪えない出来の悪い代物です。しかも、同じ条文の第1条を第2条以降で否定するような規定がいくつもあります。こんな矛盾した憲法草案しかつくれない自民党という政党は、民主主義に対する理解が極めて低いということでしょう。こういう政党に国民の政治の舵取りがまかされているところに、日本国民の不幸があると思います。
少なくとも、憲法議論に十分耐えることのできる改正草案を自民党はつくるべきです。96条改正は、まさに邪道です。
そうですよ。東芝さんとは基本的に思想的が違います。僕は自身で間違った思想だと思いませんが・・・笑。
人それぞれです。ただ興味深いのが・・
トリノさんのこの文章こそが、日本をあの戦争に巻き込んだ最悪の考え方でした。戦前の日本は、このトリノさんのいう原則を国家の原則にしていた国です。この考え方を覆して、国民主権を確立したのが日本国憲法でした。
まあ~こういう逃げ方をされると、これでこの話題は終わりです。