日々雑感、本になる。
自宅に帰ると、ぼく宛の白い封筒が届いていた。
「来た、来た」
注文していたソフトが届いたと思って、クッション入りの袋を見た。
「ブログ本」と小さく印字された文字が見えた。
えっ、小さな声が心の中に響いた。
「もしや」と思って急いで袋を開けた。
東芝弘明の日々雑感 と印字された本が出て来た。
「もう届いたんや」
心の中でまた声がした。
注文したのが日曜日。今日が水曜日。届くのが早い。
今回は、PaperBookにしたので、カバーも厚い表紙でもない。本はこんな感じだ。

本の中身はこんな感じ。
日記を読み返していると、覚えている話もあれば、全く記憶にない話もあった。読んでいると小さい頃の娘の姿がよみがえってきた。ブログを書き始めた頃、1日の中の出来事をたくさん書いていた。こういう書き方をしなくなったのは、「家族のことを書かんといて」という娘からの訴えがあってからだ。リアルな話を書くと、「こういうことがあったでしょ」という話が娘の同級生から出てきてのだ。
洗濯機を買った話や娘の日常がリアルに書き込まれているので、なかなか面白い。
そういう点では、現在のブログの方が面白くないかも知れない。
本の出来は、なかなかいい。上製本にすれば、もっと良くなる。
さて。
朝、9時22分に日本共産党橋本市委員会の事務所に行った。車を止めるとiPhoneに着信があった。
「もしもし」
トヨタカローラのOさんだった。保険会社からのFAXを見て電話をくれたと思ったが、ドンピシャリだった。
「レッカー移動して、代車をお貸しします」という話がまとまり、午後2時30分に車を取りに来ていただくことになった。
橋本で12時25分まで会議をして、京奈和を移動、自宅に帰って昼食を食べ、1時5分に告別式に参加した。
今日はM先生の告別式だった。大正12年(1923年)生まれの先生は、享年93歳、満91歳という年齢だった。戦争を体験した人で、平和を求め続けた人だった。笠田高校で長く勤められた先生は、地元高校への進学運動の中心で重要な役割を担った人だった。
ホールの後ろのコーナーには、穏やかに優しく笑う先生の写真が何枚も飾られていた。
ご冥福をお祈りします。
2時30分の少し前に事務所に行くと、すでにレッカー車が到着しており、代車も到着していた。代車は現在乗っているシエンタと同じ車だった。こういう配慮はありがたい。自分の車とほとんど同じような環境にして、iPhoneの音楽を聴けるようにした。
夕方、この車で橋本に行き、会議をしてから、もう一度京奈和に乗って自宅に帰った。
自宅に帰ると───(ここで冒頭に戻る───無限ループの日記が完成した)










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