史的唯物論について考える

未分類

弁証法的唯物論というものの見方を考えるとき、極めて重要なのは史的唯物論になると思っています。
史的唯物論は、弁証法的唯物論を歴史に当てはめて体系立てられたものではなく、弁証法的唯物論を確立する上で、歴史的な研究が果たした役割が非常に大きかったということです。ぼくは、歴史に対する研究がなければ、弁証法的唯物論は、豊かな内容を持って成立しなかったのだと思っています。(おや、コメントをですますで書いたら、今日はこの文体になってしまった)
史的唯物論は、社会の発展の土台には経済活動があることを大胆に認めます。人間は、さまざまな活動をおこなう前に、飲み、食い、着、住まなければなりません。生きるためには、経済活動をおこなう必要があります。日本の社会では、4分の3が自分の労働力を売ってしか生きることのできない人々=労働者です。労働者は、生産をおこなっている人だけではありません。コンピューターをさわって事務をしている人も、他人に雇われて給料をもらっている人はすべて労働者です。
就職しなければ生きていけない人々が圧倒的な多数を占めており、学校の勉強も社会に出て仕事に就くためにおこなっているという側面が非常に強くあります。
歴史を動かしているのは、人間による経済活動です。政治家がおこなう政策決定も経済の動きを抜きにしては考えられません。
人間は、自由な意思にもとづいて生活しているように見えますが、衣食飲住を満たさないと自由な人間活動ができません。経済活動は、さまざまな利害の対立の中にあるので、その人が考えているとおりに歴史が動くということにはなりません。各人の自由な意志は、さまざまな問題にぶち当たり、うまくいかないこともたくさんあるので、自分の意志とはかなり違った結果になることも多々あります。
社会を動かしているのは、利害をもった人間の集団であることは間違いないでしょう。
日本社会を動かしている土台には、経済活動があり、この経済を大きな力をもって動かしている勢力が、社会の中で大きな力をもっています。しかし、この大きな力をもった勢力の思惑が、そのまま日本社会にストレートに反映するかといえば、そんなにことは簡単ではありません。
マルクスとエンゲルスは、人間の社会が、人間が平等であった原始共産制という社会形態を長期にわたって体験しながら、生産力の発展によって次第に階級社会へと移行し、奴隷制、封建制、資本主義へと発展してきたことを明らかにしました。それぞれの社会の形態は、その時代の生産力によって左右されてきたことも明らかにしました。
もちろん、おおまかにいって人類の歴史がこのような発展の歴史をたどったからといって、すべての国の歴史をこういう発展の型に当てはめるということは絶対にしませんでした。
多くのさまざまな歴史的な経過を経て、それぞれの国は全く違った社会を形成して来たのは確かですが、しかし、そういう個性的な歴史の中でも社会発展の必然的な流れは貫かれてきたということです。
多くの国が、歴史的な経過の違いを色濃く残しながらも資本主義的な社会体制に進んできたのは、多くの人が認めることでしょう。
経済的な人間関係は、生産手段に対してどのような位置を占めるかによって、大きく変わってきます。資本主義の場合は、工場、機械、原料などの生産手段を握っている株式会社などが、生産手段をもたない労働者を雇って商品を大量に生産している社会です。雇用主(会社)と労働者という人間関係が中心をなしている社会が資本主義だということになります。
江戸時代のような封建時代の中心は、農民でした。武士階級という支配階級が、農民から年貢を取り立て、その年貢によって自分たちの生活を維持し、農民を支配するというのが、江戸時代の中心的な人間関係でした。しかし、この支配の体制は、1600年代のはじめから1868年の明治維新にいたる時間的な経過の中で、根底から揺らぐようになります。
何が一番の原因だったのか。それは、商品経済の発展です。生産力が次第に発展するなかで、貨幣経済が活発になり、大阪や京都や江戸のような都市も発展し、農民から年貢を取り立てて経済を運営するということが難しくなってきました。そんな中で江戸幕府の力も衰えてきました。
そこに、外国からの圧力が加わり、日本の社会が根本的に揺らぎはじめるのが幕末でした。
外国の圧力とは何だったのか。
それは、さまざまな国が資本主義になって飛躍的に生産力を発展させ、その資本の力によって、発展の遅れていた諸外国を植民地にしていく歴史でした。日本にイギリスやアメリカの圧力がかかってきたのは、こういう経済的な力を背景にしたものでした。
歴史は、英雄が登場して時代を動かすというような単純なものではありません。確かに資本主義であっても国民の圧倒的な支持を得て、ヒットラーのような独裁者が登場し、全国民を支配するということもあります。しかし、そういう歴史は、そんなに長く続きませんでした。
日本の戦後の歴史を振り返ってみると、自民党の時代も民主党になった時代も、歴史を動かしているのは、人間と人間の力のせめぎ合いであることは明らかでしょう。
資本主義は、第2次世界大戦という巨大な犠牲の上に男女平等を実現し、圧倒的多数の国で普通選挙権を実現しました。先進国では、国民主権が国の中心にすわっています。北朝鮮のような独裁的な国はごく少数です。
選挙を通じて国の代表がきまり、国会が運営されて法律が作られ、政治と経済が運営されていく。これが人類がたどってきた発展の歴史でした。
史的唯物論は、その国の具体的な歴史の分析を通じて、その国が法則的な発展の歴史をたどってきたことを明らかにしてきました。それぞれの国がどのような歴史をたどってきたかは、実に生き生きしたものですが、偶然に見えるような歴史の経緯のなかに自然科学と同じような法則が貫かれている。これが史的唯物論の揺るがない立場です。
階級社会になってから、人類の歴史は階級と階級の闘争による歴史となりました。それは今も変わりません。日本の場合、日本社会の中で一番大きな影響力を持っているのは、財界と呼ばれる勢力とアメリカです。日本の政治は、この2つの勢力の利益を守って動いてきました。
主権は国民にある──こういう社会体制になって65年近くになりますが、しかし、にほんはまだ本当の意味で主権在民は実現していないと言えるでしょう。
財界は、日本経済連という団体を構成し、最近は、この経済連が直接政党の通信簿まで点けて、財界の要求を通そうと必死になってきました。
「国際競争に勝つために法人税を15%下げて消費税を10%に引き上げるべき」という財界の要求は、国民主権に立脚したものではなく、経済活動上の強い要求から出てきたものです。
階級と階級の利害が対立し、それが目に見えるようになり始めている──これが最近の動きだと思います。
史的唯物論は、社会の土台には経済的な人間関係があり、その上に政治や宗教や芸術や法律や国家などの上部構造が成り立ち、全体として経済的社会構成体というべきものを形成しているという見方をしています。上部構造は、経済的な土台を反映しています。もちろん、上部構造が経済的な土台に大きな影響力を与えているし、また社会を民主的に変革するためには、上部構造の力である政治を活用する必要があります。
上部構造を土台の人間関係から見ていくものの見方は非常に大切です。人間の事由に見えるものの見方考え方も、そのときどきの時代の経済的な土台の制約を受けるし、利害関係の対立した経済の立場を擁護する「自由な見解」、「公平な見解」、「不偏不党な見解」というものが幅をきかせているということです。
政治における社会変革というのは大変な課題です。しかし、最も変革に時間がかかるのは、経済的な人間関係を変えることです。これには数世紀という時間がかかるでしょう。奴隷制が封建制に移行するのにもものすごい時間がかかりましたし、奴隷制から封建制へ移行し体制が整うのにもものすごい時間がかかりました。日本でいえば、鎌倉幕府から徳川幕府の成立まで400年ぐらいの時間がかかっています。
史的唯物論は、資本主義社会のあと、人類は新しい社会へ移行していくことを展望しました。
マルクスは、この展望を明らかにするために徹底的に資本主義社会の経済を解剖し分析し総合しました。この研究は50年という歳月をかけたものになり、1883年のマルクスの死後、盟友エンゲルスがマルクスが果たせなかった仕事を引き継いで資本論を世に出しました。
資本主義の具体的な研究によって、社会主義を展望したマルクスは、誰よりも資本主義を貫いている経済的な法則を一つ一つリアルに明らかにした人でした。
「資本主義は、マルクスの呪縛から逃れられない」
最近、こういう評価が強まり、マルクスの再評価が盛んになっています。それは、マルクスが指摘した資本主義の諸矛盾を、資本主義が克服できないで苦しんでいるからに他なりません。
資本主義は、資本主義のもっている法則ゆえに次の新しい社会に移行していく。その移行には、数世紀という時間を要する。それがマルクスの展望でした。
新しい社会の経済的な土台は、生産手段を国民が手にし、生産活動においてもその生産の管理においても主人公になる時代です。それがどのような具体的なものになるかは、現代の人間の認識を大きく超えるでしょう。はっきりしているのは、人類は、生産手段の社会化において膨大な試行錯誤を繰り返すだろうということです。
資本主義の矛盾は、人類そのものを絶滅させる現実的な危険性をはらんでいます。資本主義をもって人類が終わってしまうというのは、ゆるやかに人類が死滅する話ではなく、地球温暖化をくい止められないで、絶滅したり、核兵器の使用によって人類と文明を破壊するというものでさえあります。
資本主義社会をもって、人類の前史は終わる。社会主義・共産主義の成立によって人類の本史が始まる。これがマルクスの展望でした。
社会主義に至らなかったまま崩壊したソ連や現在の中国、ベトナム、キューバなどの到達点をもって社会主義を評価するわけにはいきません。中国、ベトナム、キューバなどの国々は、社会主義をめざす過渡期の国々です。人類はまだ社会主義を経験していないという方が正しいでしょう。
日本社会で、社会主義的な変革が成し遂げられても、かなり長い期間過渡的な時代を経験する必要がある。──これが今の日本共産党の認識です。それほど経済の変革には時間がかかります。
私たちは、いま、激動の時代に生きています。それは、資本主義がその抱えている矛盾によって新しい社会に移行するかどうかの時代です。
日本では、資本の論理が、地域経済を疲弊させ、少子化と高齢化が同時に進行し、国家の財政まで悪化させるとことまで矛盾を拡大しています。新しい可能性の時代は、危機の進行とともに矛盾をはらみながら動いています。いつの時代も変革への胎動は、危機とともに進みました。
自分たちの人生の中で、日本社会がどれだけ進歩の方向に進展していくのか。そういう手応えのある時代に生きていることを史的唯物論は教えてくれます。
歴史は、確定した事実が幾筋もの帯になって絡まり合って進行していく壮大な絵巻のようなものです。縦糸もあれば横糸もあり、ほつれも穴の開いたものもあります。歴史を学ぶことは、人類が悪戦苦闘してきたせめぎ合いのなかで織り上げてきた事実を把握することです。それは、事物を運動の中でとらえることに直結します。歴史を学び、偶然の積み重ねに見える動きの中から法則的な発展の方向を見いだすなら、私たちは、未来に対し展望と勇気をもって、生きることができるでしょう。
歴史を学ぶことは、未来を見通す確かな目をもつことにつながります。
史的唯物論は、そのときに、豊かな導きの糸として私たちを励ます力になるでしょう。

未分類

Posted by 東芝 弘明