朝の光と空気の匂い

出来事

縁側のサッシを開けた。洗濯物を干すために。ピアノを置いている部屋に入ると、夏の朝の光と空気に既視感があった。夏の朝の空気に澄んだ匂いのようなものが流れていた。なんだろう、この感覚は。母が生きていたときの、高野山の従兄弟の家で感じた空気感に似ていた。

ここ数日、晴れた日が続いている。アレクサに尋ねると、梅雨は21日も明けそうだと言った。でもアレクサの言い分は、今回も外れたようだ。
夏になったらコロナは下火になるという言説に少し心が動いてもいたが、和歌山県は第2波だと明らかにした。梅雨明けは、新型コロナの感染拡大によって、通年とは違う夏になろうとしている。

日本政府は、国会を閉じ、安倍総理は全く記者会見さえも開かず、GOTOキャンペーンというちぐはぐなことを推進しながら、コロナ対策はしないという変なことを続けている。この国は、と言いたくなってくる。

この国は、新型コロナの第1波から何も教訓を引き出さなかったかのような状況になっている。行き当たりばったりの政策が、第2波のような状況になっても何も変わらない。不思議な状況ではないだろうか。東京は、もうすぐ医療崩壊になる。指定感染症は、人間の命を守るために、公費で陽性者を隔離入院させ、濃厚接触者を自宅待機にして、健康管理を行い、感染しているかどうかを把握し、感染爆発を押さえるという方針を基本にしている。

この方針を貫くためには、医療体制の充実を図る必要がある。医療体制のキャパシティは決まっている。どれだけ感染者と濃厚接触者が増えたら、指定感染症としての体制が取れなくなるのかは、対策を講じている機関なら全部把握できている。日本は、こういう基本的なことをほとんどきちんと開示しないで対策を講じている。

和歌山県は、優秀な対応をしてきた。指定感染症対策として、和歌山県は陽性者が出たら、できるだけ広く濃厚接触者の把握を行い、徹底的に健康管理を行うという方針で動き、クラスターを把握して感染拡大にならないよう努力してきた。
しかし、ここには民主主義がない。
接触者外来は、県民に開示されず、どの病院にどれだけの隔離ベッドが確保されているかも開示されず、どのホテル、どの旅館が軽症者のために確保されているかも明らかになっていない。プライバシーの保護という目的のために、非開示の方針が採られている。これは、市町村も県民も信用できない、信頼できないという姿勢のもとでの対応だろう。せめて、新型コロナ対策で努力している市町村の対策本部には情報を開示すべきということを求めても、そういう方針は採らない。

この点について、県は具体的にどのような認識で対応しているのか。具体的にこの点について、文書で方針化されているはずだ。この基本的な考え方、具体的な文書は、県議会議員にも開示されていないのではないか。ぼくはそう思っている。
東京のように医療関係のキャパシティを超える感染が起こったら、県はどう対応するのか。この点についても、具体的に文書で方針が書かれているはずだ。これらの文書の開示を求めるべきだろう。
和歌山県は優秀、という根底に据えられている対策上の秘密主義では、感染爆発には対応できない。
第2波が第1波より規模が大きいと思っているのであれば、県は市町村との連携を本気で追求すべきだと思われる。

真面目にコロナ対策を講じない国。真剣に対策を講じている県。しかし民主主義を信頼していない県。こういう中に市町村は置かれている。
この中で市町村は、どのようにして対策を講じるべきなのか。やはり県に対して、正式に連携していただきたいという声をあげて、対策を「県と市町村の緊密な連携」という本道に戻すべきだろう。市町村が県と連携を行いはじめたら、和歌山県の対策は飛躍的に向上するだろう。しかし、この方向に県が進んでいくとすれば、県の対策本部の仕事は、市町村とどう連携しながら対応するのかという新しい命題に具体的に直面する。現行の対策本部の仕組みだけでは、県の役割は果たせなくなる。
連携をするということは、県には見えない部分が生じてくることを意味する。市町村が把握している問題と県が把握している問題を報告しあって協働することになるからだ。新型コロナ感染爆発は、こういう対応を求めることになる。そのことを和歌山県が具体的にどう考えているのか。
この点を詳しく聞いてみたい。

党内のニュースを作成するのに今日はかなり時間がかかってしまった。取材をしたい人がもう1人いたが、電話をかけてもつながらなかった。この点は残念だった。
情報をどう伝えるのか。
この点で最近、毎週1回のニュースの発行を始めている。この努力が力になると思われる。情報を集め始めると、情報が豊かに届き始める。そういう形になってほしい。そんなことも考えている。

出来事

Posted by 東芝 弘明