雨上がり

窓の外の空気は澄んで、青い空が見えていた。朝の気温は低かった。
澄んだ空気の先に河南の山が見えている。
木が呼吸するように水蒸気をはきだし、それがそのまま雲になって流れていくのが見える。
木にも体温がある。
もう一度空を見ると、青い空は淡い秋の色合いを見せていた。
アスファルトの所々には水たまりが見える。
夜中に雨が降ったのだろう。
昨日の午後、地面を叩きつける激しい雨が降った。車のドアを開け、跳ね返ってくる雨の中を走って教育委員会に駆け込んだ。残っていた集金を終えてから、玄関前に出ると雨はより一層激しさを増していた。
空の上何メートルから雨は落ちてくるのだろう。水滴は何度もぶつかりながら大きくなって、大粒の雨になる。それが激しく地面を叩く。カエルが口を開けるように水が跳ねあがる。
この雨の中に走り出すのをためらったので、2階の図書館に行ってみた。
雨の音がしない静かな空間があった。町の広報を棚から引きだして、丸テーブルの上に置き、長期総合計画の記事を調べてみた。答申を受けた。今後議会議決が行われるという記事だけがあった。議会広報の方が先に議会議決を伝え、長期総合計画の内容を紹介したことになる。
町の広報を棚に戻し、本棚にある本の背表紙を眺めて歩いた。読めていない本がほとんどだ。自宅の本棚にある本もときどき目に付くが、自分の本棚と重なり合わない蔵書に気持ちが動く。本の蔵書にも人柄が現れるように、図書館にも、図書館ごとの傾向というものがあるかも知れない。
本の背表紙を眺めるのが好きだ。たくさんの本の中から読みたい本を探して歩く。本が「読んでくれ」と言っているように見えてくる。図書館の奥へ奥へと歩きながら、心の中にスッと入ってくる本の背表紙との出会いが嬉しい。
でも「すぐに議会が始まる」
本を手にとってページをめくっていると、こういう気持ちが湧いてきた。
議会が始まるとどういう状態になるのかは、よく分かっている。議会に神経を集中しはじめると、どうしてもそれまで流れていた精神の動きに中断が起こる。選挙に集中して取り組みはじめると、季節の変化や気温の変化などが視野の外に置かれていくのとよく似ている。
本を棚に戻して、「また今度」と心の中で声をかけた。
総合文化会館の玄関先に出ると、雨が止んでいた。地面に口を開けたカエルはいない。
滝のような雨が降ると、色々なことを考えるようになった。嬉しくはない。思い浮かんでくるのは災害のことだ。
議員になる前は、雨が降っても、他のことを考えていた。
見ている世界が、人によって違ってくる。農家、商売人、旅人、役場の職員、お医者さん、学校や幼稚園、保育所の先生。同じ雨の下で、多くの出来事が動いている。
空気が澄んでいた。
雨上がりの洗われたような感じがいい。
たくさんの音が雨にたたき落とされるのだろうか。
目に映る景色が静かに見えた。








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