賛成討論を2本書いた
請願に対する賛成討論を2本書いた。思った以上に時間がかかった。
集団的自衛権行使容認に反対し、撤回を求める請願に対する賛成討論と、安保法制の廃案を求める請願に対する賛成討論の2本だ。
内容の要約を書いておく。
集団的自衛権については、この権利の本質と戦後の歴史、集団的自衛権が行使されたベトナム戦争、この権利行使がどうして憲法違反なのかという歴代自民党政府の見解と今回の閣議決定の問題点、解釈改憲で憲法を踏み破るのは、立憲主義の破壊であり、日本が法治国家でなくなる危険があることを指摘し、さらに国家による戦争を否定している憲法下で、海外での戦争に参加することは、国民主権を踏みにじることだと書いた。
安保法制については、戦前から戦後への変化の中で国民主権と恒久平和、基本的人権の保障を確立したことに触れ、「もう2度と戦争を繰り返してはならない」という決意のもとで戦後70年が経ち、国民多数は憲法第9条を支持していること、戦争をしないことが日本国民の誇りになっていることを書いた。しかし、今回の法案が、集団的自衛権行使とアメリカ軍などの後方支援、PKOなどの活動による平和維持活動という3つの分野ですべて憲法第9条に違反していることを明らかにして、憲法違反の法案を国会に提出することは許されないと書いた。さらに、政府が海外での戦争に参加しようとするときは、住民の福祉の向上を目的とする地方自治体の首長と議員は、住民の代表として国民主権の立場に立って、戦争をくい止める使命があると書いた。アメリカの戦争に参加することは、戦争に介入したり、侵略戦争に参加することになり、日本が戦争の加害者になる可能性があるとも書いた。日本は、現行の法律の下ですでに国際貢献は盛んに行われていること、最後に日本がすべき国際貢献は、NGOによる活動のように憲法第9条による国際貢献であることを書いた。
討論は、ちょっと長いなあ、という感じになった。しかし、言いたいことがきちんと伝わるようにと思いを込めた。
議会における活動は、遅々として進まないようにも見え、なかなか日本共産党の主張が通らないところであるかのようにも見える。しかし、聞く人々の胸にきちんと届くようなやり取りを積みかさねることが、結局は長い目で見ると変化を生み出して行く。今回も、この2本の請願は不採択になる見通しもあるが、保守系議員による安全保障法制に対する慎重審議を求める意見書が提出されることになっている。
母が20歳の時に戦争が終わっている。たくさん疎開してきた子どもたちを教え、同級生を戦場で亡くし、母の許嫁は、沖縄に向かう船の上で戦死している。父は、何度も召集され、中国戦線で斥候という任務を背負って、「何人殺したか分からない」という体験をして、戦後を生きている。気性の荒々しい父と結婚した母は、父の暴力とお酒に苦しめられながら、酒で早く死んだ父の亡き後、子どもたち3人と貧しかった親戚の子どもたちを何人も育てて生きた。
母にとっても父にとっても、あの戦争は、人生に深く傷跡を残すものだった。母は、ガンになった病床で、8月15日が来るたびに、あの戦争のことを主題とした短歌を書き、自分の人生をふり返っていた。ぼくたち子どもにも戦争の話を物語のように繰り返し語っていた。
父は、戦争による後遺症を色濃く引きずって生きていた人だった。
ぼくは、そういう母と父の子どもとして、戦争のことを考えてきた。戦争は、自衛隊員が戦場で戦死するというだけの話ではない。戦争を遂行する国は、国民を徹底的な監視のもとに置く。日本は、国民全体を深く戦争に巻き込んだ歴史をもった国として、戦争が始まれば、きめの細かい監視体制の下で国民を監視する。すでにその布石は、確実に張り巡らされている。
日本の戦争遂行勢力は、戦前の戦争を正しかったという勢力であり、国民を監視体制のもとに置くという手法でも戦前を復活させようとしている。現在の政府にエールを送っている人々は、戦争が、自分たちの自由と民主主義、基本的人権を侵すものになることを自覚していないように見える。
これらの人々は、海外での戦争が、日本国民を守るものであることを熱っぽく語ってくれるが、アメリカが侵略戦争と介入戦争を延々と繰り返している国だということをほとんど知らない。あのイラク戦争が、米英を中心とした侵略戦争だったことさえ見えていない。
戦前、戦争に無批判に従い、厭戦気分の人々や戦争反対を唱える人を非国民だとののしって、戦争に国民を導く役割を積極的に担っていた人々がたくさんいた。こういう人々は、戦後戦争への協力を深く反省しなかった人も多かった。軍国主義を鼓舞した人々は、戦後民主主義に熱狂した。
今度は、こういう歴史を繰り返してはならない。海外での戦争は、国内での国民の生活をも破壊する。今議論している安全保障法制が可決したら、日本は今までとは違う日本になっていく。このときに国民主権を貫いて、戦争を止めることが求められる。
歴史は繰り返す、一度目は悲劇として、二度目は喜劇として。そう、安倍政権の戦争への道は、国民の力で喜劇に終わらせなければならない。










ディスカッション
コメント一覧
東芝さんは安保法制成立により
日本が戦争に参加することとなり国民が戦争に巻き込まれる、
軍国主義になる、軍事大国になりいずれ侵略戦争をする事となる
とか言われていますが全くの見当違い。完全に根拠のない偏見からくる妄想です。
集団的自衛権は国連憲章にも書いてある通り、196各国の全ての国連加盟国が有している自然権な訳です。
唯一日本のみが集団的自衛権の権利を行使出来ないと言うのはおかしな話です。
世界中の法律学者も首をかしげるでしょう。
政府もも直接戦闘に加わるとかあり得ないと言っています
あくまで後方支援等の限定的な集団的自衛権の行使を主張している訳です。
法制局長官も合憲だと言ってる訳ですから何の問題もありません。
政府は安保法制を成立させることで日本を戦争をする国にすると言うものでもないし
平和主義をいささかも変えるものではない、専守防衛を堅持すると明言していますよ。
安倍さんの答弁を見聞きするのではなくて、法案そのものを読んでください。
集団的自衛権は、最小限度、限定的に行使するなどと書いていません。
他国への武力攻撃が、日本の存立に関わる事態が発生したら武力を行使するという表現です。
他国への武力攻撃で、日本が武力を行使することは、憲法第9条違反です。
安倍政権では、答弁を守るのかも知れませんが、内閣が変わったら法律の文言が生きます。
PKOでは、治安活動を行い、武器を使用すると書いています。後方支援を行うことについては、アメリカの後方支援を行うことが書いています。
法律案に書いている事実があるのに、日本は戦争に参加しない、専守防衛を堅持するというのは、成り立ちません。
なぜ憲法学者の95%が憲法違反だと言っているのか、なぜ法制局長官であった4人の方が憲法違反だと言っているのか。きちんと視野広く考えてください。
集団的自衛権を行使しない国は、たくさんあります。前にも書きましたが、集団的自衛権は、軍事同盟を前提とした権利なので、非同盟諸国運動を行っている国の多くは、集団的自衛権を行使していません。「唯一日本のみが集団的自衛権の権利を行使出来ない」などという事実はありません。
国際法と国内の最高法規である憲法との関係は、ぜひご理解ください。当然、その国の憲法が国際法より上位にあります。
集団的自衛権の本質は、同盟国が行っている戦争への参加です。自衛と言っていますが、その本質は他衛(他の国を守る)ということです。
大前提として
国民の命と平和な暮らしを守るために必要最低限の自衛権の行使をするんです。
これまでの憲法解釈を何ら反故にするものでもありません。
外国を守るための法律じゃないんですよ
日本国民を守るための法律なんですよ
ご理解頂けないでしょうか。
なぜ圧倒的多数の憲法学者、弁護が憲法違反だと言っているのか、分かりますか。
これまでの憲法解釈が限界にきているのでしょう。
憲法が発布して69年が経過して
当時の国際情勢とはかけ離れた状況となっています。
おまけに憲法9条は戦争に対して何の抑止力にもならないのですから。
国際情勢は、安定する方向で動いています。冷戦時代の方がはるかに危険でした。
日本は一体どこと戦う気ですか?