象徴天皇制と戦争放棄の3回目
Facebook上のコメントを残したいと思ったので、ブログに転記しておきます。
テーマは象徴天皇制と戦争放棄です(これで3日目ですね)。
面白いといえば、誤解を受けそうですが、天皇制存続と密接不可分に結びついて戦争放棄が、支配層の考え方として生まれたというのが興味深かったということです。同時にそれが、第2次世界大戦における日本の侵略戦争の責任を曖昧にし、戦前の社会体制を復活させたいという勢力の台頭を許しているということだと思います。
天皇が戦争責任を取り、象徴天皇制としても存続していなかったら日本は随分違った戦後を歩んでいたと思います。しかし、憲法9条のような徹底した平和主義は、実現していなかったかも知れません。天皇制を残すために軍隊をもたないという所まで進んだということはすごいことでした。軍備を完全に放棄しないと天皇制は存続できなかった、諸外国は納得しなかった、というのは、なかなか面白いところです。戦後70年がたっても、完全に戦争を放棄した憲法を持っている国は、日本だけという状態は貴重だと思います。
当時、政治勢力としては、最も進歩的な憲法草案を掲げた日本共産党も、自衛のための戦争は許されるという認識でした。憲法第9条については、賛成ではありませんでした。最も進歩的だった日本共産党の認識を超えていたのが憲法第9条の規定だったということです。
現在のたたかいは、天皇制を残すことによって曖昧になっていた侵略戦争の問題に決着をつけるという側面もあると思います。侵略戦争の問題への決着と象徴天皇制の問題が切り離せるようになるためには、戦後の長い時間が必要だったということなのかも知れません。
日本国憲法の完全実施という課題は、象徴天皇制を残し、国民主権を徹底し(実は矛盾していますが)、憲法第9条、第25条、第13条をはじめとした条項をまもって国をつくるということです。国民の運動が勝利すれば、象徴天皇制と国民主権は、かなり長い間共存するように思います。
歴史の宿題は、必ずどこかで決着が付く。そう感じます。
もし、戦前への回帰が実現して、歴史の反動が一時的に勝利したら、平和と民主主義を取り戻す苦しいたたかいを余儀なくされますが、国民主権を取り戻す次の段階では、今度は天皇制の廃止に向かわざるをえないと思います。
安倍さんたちは、長い目で見れば、天皇制を崩壊させる動きをしているということでしょう。彼らが天皇制を残したいと思うのであれば、象徴天皇制と戦争放棄をセットにしなければならないという幣原さんの歴史的証言を学ぶ必要があると思います。
この書き込みにコメントがあり、そのコメントに対して書いたのが次のコメントです(一部修正しました)。
日本共産党が、憲法草案を発表したのは、1946年6月29日ですから占領下での憲法改正に足を踏み入れて行ったようですね。
日本共産党の「人民共和国憲法草案」の戦争に対する規定は、「第五条 日本人民共和国はすべての平和愛好諸国と緊密に協力し、民主主義的国際平和機構に参加し、どんな侵略戦争をも支持せず、またこれに参加しない。」というものでした。実際に軍隊が解散させられているもとで、日本の再軍備や戦争放棄という考え方が、草案には入っていないということだと思います。草案の力点は、戦争放棄ではなく国民主権などにあったようです。
この憲法草案よりも、現行の日本国憲法の戦争放棄の規定の方が、より徹底した考え方に立っているように読めます。日本国憲法の制定時の国会では、日本共産党は、憲法第9条について修正案を示し、侵略戦争への参加と賛成しないという規定を盛り込むことを要求しています。
野坂参三が、国会論戦で重要な役割を果たしたのは、歴史の皮肉の一つですね。ソ連と通じていたので、天皇退位を求めたというのも、徹底した共和国を求め、天皇制廃止を求めた日本共産党の立場を弱めるものでした。
61年綱領で規定していた人民による新しい民主主義革命は、サンフランシスコ体制の打破、天皇制の廃止を含んでいました。もちろん、現憲法の改正も視野に入っていたと思います。現綱領への改定の時の一つの焦点は、人民による民主主義革命とは何か、ということであり、民主連合政府の実現=現行憲法の完全実施=民主主義革命への道だという規定になりました。61年綱領では、革新3目標に基づく民主連合政府の実現をしたのち、今度は反帝・反独占の民主主義革命に向かって前進するという規定でした。この時点ではじめて反占領状態を打ち破り、国民の手に権力を握って本当の意味での人民の権力が確立するとしていました。
現綱領は、革新3目標を実現する民主連合政府は、国民の手に権力を握ることになるので、それ自身が民主主義革命であると規定し直しました。この政権が実現する政治のプロセスの中で安保条約を廃棄し、アメリカの半ば占領状態をなくし、真の独立を実現し、国民主権の権力に基づいて経済の民主的改革を進め、民主主義を徹底するということが実現するとしています。
理論的な問題として、民主主義革命と天皇制の問題が残りました。これに対し、政治的権能を一切有しないということを重視し、象徴天皇制はブルジョア君主制の一変種ではない、としました。その結果、象徴天皇制と民主主義革命の課題は両立するという立場になったということです。これによって、日本国憲法の完全実施=人民の民主主義革命という整理がおこなわれました。
(補足:若い時代に61年綱領を学んだときに、民主主義革命はサンフランシスコ体制の打破だということを繰り返し学びましたが、サンフランシスコ体制の打破が、具体的にはどういう過程を経て実現されるのか、というのは当時からよく分かりませんでした。)
少なくとも、民主主義革命の過程と象徴天皇制は共存することはあり得ることになります。国民に権力が移行した民主連合政権は、宮内庁のあり方や天皇陵とされていたり、天皇の系列にあるとされている古墳などの取り扱い方にもメスが入るでしょう。現憲法に照らした天皇制のあり方への変化が起こるのは、間違いないと思います(私の個人的感想です)。
象徴天皇制の問題は、いずれ歴史の中で解決する時期が来るというのが、現在の日本共産党の態度です。天皇を利用した反動化は許さないという点も明確ですが、61年綱領が規定していた天皇制に対する鋭い問題意識が弱まっているという点はあると思います。
安倍政権が天皇の発言や皇太子の発言を一切無視し、戦争への道を進んでいるところに、天皇の存在の軽さが窺えるのも、今の情勢の一つの局面でしょうか。











ディスカッション
コメント一覧
些少なことですが、最後の段落「伺える」ではなく「窺える」だと思います。
なかみちさん、失礼しました。訂正します。