兄貴のお見舞い
朝、和教組伊都支部の定期大会があり、来賓として挨拶をおこなう予定だったので出席させていただいた。
行く準備をしようとしていると、元議員だった窪田武夫さんが亡くなったという連絡が入った。窪田さんから議員を引き継がせてもらったのが今から26年前。ぼくが30歳の時だった。いろいろなことが思い出される。
初めて立候補したとき、ぼくは全くの無名で地域との付き合いさえ一切していなかったので、まさに窪田武夫さんの案内で訪問を行い、すべて窪田さんの力によって当選させてもらうような選挙だった。窪田さんの存在なしにぼくの議員活動は始まらなかった。
和教組伊都支部で挨拶をさせていただいたその帰りに、窪田さんの自宅にお悔やみに行った。
枕元に座らせてもらい、顔を見せていただいて、葉で3回、口を湿らせていただいた。彫りの深い顔が目の前にあった。
自宅に帰り、妻と2人で入院している兄貴の元に行った。パジャマと靴下を買って和医大に着いたのが3時頃だった。兄貴は病室に移されていた。体に機械は取り付けられておらず、点滴だけを受けていた。少し呼吸が荒かったが、話しかけると少し会話が成り立った。様子を見ているとリハビリの先生がやって来て、病棟内を歩くリハビリを始めた。思った以上にすたすた歩くのを見て安心した。
回復に向かっている。そういう感じを強く持った。
脳梗塞によって、脳のかなりの部分が壊死しており、「話しかけても言葉が理解できず、会話も成り立たない」。
これがドクターの話だったが、その話とは随分違うような回復ぶりだった。これで危険な時期を脱したら明るい展望が開けるかも知れない。
帰りに妹に会って、状況を報告すると嬉しそうな感じになった。父も母もいないので残されているのは兄弟3人、まだまだ欠けてほしくない。