兄貴の転院

出来事

兄貴の転院の日だったので、朝7時20分過ぎに自宅を出た。
車は30分に役場に着いた。
昨日の宴会の席に置き忘れていたメガネを議会事務局に届けた。事務局の部屋のドアのところにある小さなテーブルの上にメガネを置き、さらにその上に名刺を置いて、名刺の裏に持ち主と思われる人に連絡してもらえるようメモを書いた。役場が開くのを待ってメガネを届ける時間がないので、こういう方法をとった。メモを書いておけば趣旨は伝わるはずだ。

その足で大谷から京奈和に乗り、岩出まで行き、ヤマダ電機が正面に見える交差点から国道24号に乗り、国道24号沿いにある妹の家に着いたのが8時20分だった。妹を乗せ和医大に到着したのが9時10分過ぎだった。
部屋に行くと兄貴は、転院の用意をしてベッドに腰掛けていた。私物の荷物は6つぐらいのさまざまなビニール袋に入れていた。転院の日を理解し、自分で荷物をまとめ、兄妹が来るのを待っている形だった。パジャマ姿でベッドで寝ていると思っていたので、妹と2人少し驚いた。

和医大での手続きを済ませて10時に転院先の琴の浦リハビリセンターに到着した。兄弟妹3人で一つの車に乗って移動することなど滅多にないので、3人の車での移動は少し新鮮だった。転院手続きをして、看護師による面談と診察、病棟への案内、理学療法士と作業療法士との面談、言語療法士との面談とリハビリ、さらに病棟の看護師との面談、昼食、売店への買い物など、数時間のうちにさまざまなことが行われた。この病院は、非常にきめの細かい引き継ぎ方をしてくれる。
「何度も同じことを質問されるかも知れませんが、ご了解ください」
前回病院に来たときにそういうことを語っていたが、その通りのことが繰り返された。でも対応の仕方にていねいな姿がにじみ出てくるので、気持ちのいい感じがした。

兄貴は、医師の前で自分の名前を漢字で書いた。その時は文字が震えているように見えたのに、病室に入り呼び出されて看護師の前で手続きの書類2枚に自分の名まっを書いたときには、スムーズにさっと書き上げた。妹と2人、この署名にはびっくりした。一度自分の名前を書くと2度目からは、回路がつながったように正確に整った字を書けるように変化した。
妹とぼくの名前書けるか、と尋ねるとペンをもって妹の名前とぼくの名前を書こうとした。ぼくの弘明の「弘」はすぐに書いたが、「明」は思い出せなかったので指で文字を示すと正確に「明」を書いた。入院してから1か月と少し、次第に損傷を受けていた脳の回路がつながり始めているような感じがした。

病院を出て、妹と2人遅い昼食をとって、兄貴が契約していたネットなどの解約をすることにした。結局和歌山を出るときには4時をまわっていた。

メガネの持ち主はU君だった。琴の浦に着く頃、U君からラインメールが入った。ありがとうというメールだった。

出来事

Posted by 東芝 弘明