ベーシックインカムについて考えた
ベーシックインカムのことについて、意見を聞きたいという要請があったので、ベーシックインカムのことを少し調べてみた。
国民の最低生活保障という意味をもつベーシックインカムは、生活保護とよく比較されている。ベーシックインカムとして国民一人当たり10万円の給付を実現する場合、このお金の使い方は自由、仕事も自由なので30万円の給付の上に一生懸命働けば、収入をさらに増やすこともできるというものだ。日本の生活保護の場合、国民生活を支えるために受給者に最低保障を与えるものだが、収入が増えれば生活保護費が削られるという仕組みになっている。これに対しベーシックインカムは、全国民に支給するとともに、どんな働き方をして収入を増やしても一向にかまわないというものだ。つまり、ベーシックインカムを土台にして、国民は働けばさらに豊かになれるというものだ。
いいように見える制度だが、日本社会の場合、教育や社会保障給付が豊かでない中で、しかも次第に国民の負担を年々増大させている中で、たとえ国民一人当たり10万円のベーシックインカムが実現したとしても、それで全国民が幸せになるということにはならない。
それは、医療費負担の状況を考えればよく分かる。日本の場合、家族の誰かが病気になれば、月にして30万円程度の医療費負担がかかるケースが多々ある。3人家族に月1人10万円計30万円の支給を行う代わりに医療給付をなくせばどうなるだろう。3割負担と高額医療費の給付制度があっても、重い病気になって入院すれば月30万円程度の負担がかかってくる。こうなると生活破たんするのは目に見えている。
教育や社会保障の基本は、現物給付、つまり国民に対する社会保障サービスを具体的に行うところにある。日本の場合、お金で給付を受けることが増えているので、お金があれば自由に給付を受けることができるように見えているが、それは社会保障サービスを受ける際に自己負担が求められているからに他ならない。医療費などを考えると、お金でそれに見合うサービスを受けているように見えているが、実際は多額の医療費の一部を負担しているに過ぎない。世界には、ほとんど社会保障のサービスに一分負担のない国も存在する。本来社会保障は、現物の給付にその本質がある。教育も同じことがいえる。
ヨーロッパでは、医療費がほとんど無料で、大学に至るまで授業料がかからない、18歳になると給付制の奨学金が出て、それで生活をして大学に通うという国が存在する。こういう現物給付が行き届いた国でベーシックインカムを実現する場合と、日本のように国民への負担増を年々増加させている国でベーシックインカムを実現するのとでは、意味が全く違う。ベーシックインカムが成り立つためには、教育や医療の行き届いた無料の給付制度が必要になるだろう。日本の場合、そういうことが実現出来るような財政状況にはない。負担増が年々続いている状況下で、ベーシックインカムを導入するかわりに社会保障制度を廃止すれば、社会保障の大幅削減が実現する。それは、給付における国民のさらなる負担増をもたらし、社会制度を極端に悪化させる破壊的なものになる可能性すらある。新自由主義者が、ベーシックインカムを提唱しているのは、社会保障費の大幅削減という狙いがあるからだ。日本でベーシックインカムを提唱する人々が、何を狙っているのかを見抜く必要がある。
ベーシックインカムの考え方は、古くから存在してきた。しかし、ほとんどの国が導入してこなかったのは、必要に応じて発展してきた社会保障制度が、それぞれの国の国民生活の状況に即して、国民生活を支えるために複雑にでこぼこに発展してきたからに他ならない。傷の深い人には深く手当を行う、傷の浅い人にはそれに見合った手当を行うというのが、社会保障制度の特徴だ。日本の制度もそのような形になっている。この考え方があったからこそ、社会保障が国民の生活を支えてきた。一律の社会保障制度を実現して、複雑な制度を廃止するというベーシックインカムを導入すると、支えることができないケースや人々が確実に生まれる。このことが見えているのでベーシックインカムは導入されなかった。オランダやフィンランドで実施しているベーシックインカムの社会実験は、現行の社会保障制度を壊すことなく、その土台の上でごく少数の社会実験として行われている。この実験は、日本で提唱されているベーシックインカムとはあまり似ていないのではないだろうか。
現物給付制度が豊かになった先の社会で、生活保護制度をベーシックインカムに切り替えるとともに、国民全体にも生活保障を行うということがやがては実現するかも知れない。しかし、それは社会がもっと成熟して、そういうことが出来る財源をもつようになった未来での話ではないだろうか。
