国民主権を貫く

雑感

妙寺小学校で行われた行政懇談会に参加した。割れ窓理論の紹介と自分ごと化の話があった。自分ごと化というのは、国民主権と同じ考え方につながると思っている。行政の課題や問題点を自分ごととして捉えようということだが、その根底には、国民主権がある。この国民主権という考え方は、国民こそが政治の主人公だという考え方で、議員も首長も国の公務員とその機構、地方自治体の公務員とその機構は、国民から信託を受けたものであり、徹底的に国民主権の実現のために奉仕するというところにその基本がある。

国民主権を実現するためには、国民が主体的に政治に参加することが求められる。主権者は頭と体を動かして、政治に参加し、意見を述べ、行政機構と力を合わせて、国民のための政治を実現するために行動しなければならない。意見だけ言って、政治の機構に何もかも任せていては、国民主権は実現しない。日本の政治は、経済的及び政治的に力をもった勢力(この中にはアメリカもある)の政治介入によって、国民主権が貫かれておらず歪みまくっている。この中で、どのようにして国民主権が貫かれるような、本物の政治の実現が求められている。戦後の歴史は、このせめぎ合いの中にあった。

国民主権の立場から言えば、政治には制限がない。物価高をなんとかしてほしいということを率直に考えれば、消費税減税を実現してほしいとなる。消費税減税を自分ごととして捉えるならば、国に対して働きかけたり、地方自治体に対して働きかけたりということになる。都道府県知事会、市長会、町村長会など全ての首長が、消費税を減税せよということで動くと巨大な力が生まれる。もちろん、国民の中には消費税を減税すべきでないという意見もある。しかし、最近の世論調査で言えば7割の国民が消費税減税を求めるようになっており、この状況を踏まえるなら、市町村や都道府県のレベルでも、国民の世論を受け止めて消費税減税問題で議論を行うことは、当然のこととなる。

政治を自分ごととして捉えるというのは、そういうことだ。国民の命に関わる安全保障、防衛の課題は、第二次世界大戦に至った歴史から考えると、最も重要な国民主権の課題となる。

政治を自分ごととして捉えてほしいといった場合、地方自治体は線を引いていないだろうか。それは国政の問題、それは県政の問題、これが市町村の問題というように分けて、地方自治体として思考停止するような傾向にないだろうか。

かなり古くから住民自治と団体自治の結合とか、実践的住民自治という考え方が構築されてきた。住民と自治体との協働は、ここから生まれてきた概念だ。どうやって住民の自主的、自発的な力を引き出しながら、まちづくりをおこなって行くのか。ここに住民自治と団体自治の結合という観点がある。この考え方と自分ごととして捉えるというのは、同じことを言っているのではないだろうか。ただ、実践的住民自治、住民自治と団体自治の結合という考え方は、最初から住民の運動に期待している点がある。自分ごと化の先の運動まで視野に入れている点で、徹底度が高いのではないだろうか。

「妙寺地域にスーパーマーケットを誘致してほしい」というこの課題を、住民の要望を受けて自治体が誘致のためにがんばるという枠組みで考えるのではなく、住民自治の力を発揮しながら、行政と力を合わせてまちをつくるという観点で、動くということが求められている。ぼくはそう思っている。

雑感

Posted by 東芝 弘明