「共謀罪」反対の街頭宣伝

出来事

10時から橋本市で宣伝行動があったので、京奈和を東へと車を走らせた。かつらぎ町の中で京奈和道路の両側の壁がなくなって、視界が広がり南の山も北の山もよく見えるところがある。明るい日差しの中に山々が照らされているのが見えた。木々の新芽が黄緑色に輝いている。5月に向かうこの季節は、自然の息吹のようなものが溢れているように見える。まるで空撮された映画の1シーンに包まれて車が疾走するのを見ているような感覚になった。
市脇交差点に到着すると、10人を超える人が集まっていた。宣伝カーが使われていたので、ぼくが持っていったハンドマイクを車から降ろす必要がなくなった。赤地に白抜きの「憲法9条でゆるぎない平和を」と書かれた横断幕を持つ人々の間に入らせてもらった。
「共謀罪を廃案にしよう」という宣伝のために集まった人々だ。4人のリレートークの後、ぼくもマイクを握って訴えさせていただいた。
30分の宣伝が終わったので、次の場所に移動した。京奈和のインターから降りてきたところの交差点が、2回目の場所だった。

日本ペンクラブの浅田次郎さんが、危機感を持って共謀罪に反対している。全国の弁護士も立ち上がっている。政府は、テロ対策、東京オリンピック対策のために「テロ等準備罪」(これこそが共謀罪)の導入が必要だと言っているが、テロ対策は、すでに法整備が整っている。「国際組織犯罪防止条約」の批准が必要だからとも言っているが、これに関係する法整備で必要なのは、「テロ等準備罪」ではない。国際的マフィアによる経済犯罪への取り締まりを強化するのが「国際組織犯罪防止条約」だ。そもそもがこの条約はテロと関係がない。
このようなデタラメの論拠で「共謀罪」を必要だとしている政府は、どうしても自衛隊をアメリカが行っている戦争に参加させたいということだ。戦争遂行のために全国民を警察の監視下に置きたいというのが、政府の狙いだ。「共謀罪」が成立したら、戦前の日本のように特高警察や憲兵のような仕組みが必要になる。憲兵は、軍人を裁く軍事裁判所という仕組みなしには復活できないと思われるので、当面は警察権力の中の治安警察の比重が高まり、人員の強化が図られるし、盗聴や監視の仕組みが、現在の情報社会の進展の中で活用されるようになるだろう。
車へのGPS装置の装着が、裁判所の令状なしに自由にできる日も近いかも知れない。

政府は「一般人は関係がない」と説明している。一般人というのは、政府に批判的な目をもたず、政治に疑問を感じないで、現政権を応援する人々のことを意味し、「共謀罪」で奨励している密告を指名とするような人のことを言っているのかも知れない。戦前の一般人というのはそういう人々だった。その一般人が少しでも疑問を感じて、「日本は戦争に負ける」と言ったことを他の人に聞かれ、「密告」されたら逮捕されるという時代だった。治安維持法は、一般人とは関係がないという理由で導入されたが、この言葉とは裏腹に一般人の多くが、理由にもならない理由で逮捕されることとなった。
戦争は、国内の統制の強化をどうしても必要とする。政府は、「共謀罪」を創設して国民を監視の下に置いて、自由と民主主義、国民主権に制限をかけたいのだ。
「教育勅語」と「わが闘争」を、学校の教材として活用してもいいという閣議決定を行う政府は、戦前の、国民に対して命令していた時代への憧れを強烈に持っている。安倍さんの「美しい国」というのは、国家権力が国民に命令し、一糸乱れず動く姿のことを指している。
「ハイル・ヒットラー」と叫んで、国民がいっせいにヒットラー的敬礼をする記録映像が、美しいと感じる人々が、森友学園を引きおこしたと言える。彼らにとって「美しい国」は、国民にとっては非常にグロテスクだということを記録しておくべきだろう。

いま「共謀罪」に反対している人々の声に耳を傾けてもらい、自分のことにこれらの人々の声が直接つながっていることに気がついてもらえるかどうか。ここが大切だと感じる。空気を読んで強権的な政権になびくのか、空気のそこに流れている民主主義破壊の企みを見抜いて、空気を変えるのか。
全ての国民に選択肢が突きつけられている。

出来事

Posted by 東芝 弘明