夏期合宿へ

出来事

朝、5時48分に目が醒めた。新聞配達に出て、ファミマに寄って牛乳を買った。6時過ぎなのにお客さんがたくさん入っていて、4人ほどの列に並ぶこととなった。色あせた7分足だしパンツをはいていたので「ちょっとかっこ悪いなあ」という気持ちになった。

今日と明日、花園にある宿泊施設で夏期合宿が行われる。学習のための合宿なのでメニューが盛りだくさんだ。担当する講義は2つ、「綱領の未来社会論と『空想から科学へ』」と「楽しく元気の出る会議の作り方」だ。いずれも聴講生との間でキャッチボールをしながら話を進める方法を採用している。何度かこういう方法で話をしているのであれば、時間どおりに治まるかも知れないが、2つとも初めて語るものなのでうまく行くかどうか。ちょっと不安がある。

花園のかなり奥なのでインターネット環境があるのかどうか。不明なのでこのBlog記事は予約投稿しておく。講義の出来具合はまた後日。

朝からもう少し本多勝一さんの『中学生からの作文技術』を読んだ。「日本語には主語がない」という下りにさしかかったので強烈に反応した。そう、日本語には主語がない。主語をはっきりさせない方が文章にリズム感が出る。『東芝弘明の日々雑感』の場合、ほとんど「ぼく」や「私」という言葉を使っていない。誰が書いているのかは自明なので、あえて書く必要はないと思っている。本多勝一さんは主語について次のように書いている。

その結論とは、「英語」やフランス語といった西欧での主流言語におけるような主語が、日本語には存在しないことです。そのかわり重要な役割を担っているのが「述語」であって、述語以外はすべて平等にその補足的役割をはたしています。スワヒリ語や「英語」などは、反対に主語が強力な支配力を持っている言葉です。(『中学生からの作文技術』138ページ)

日本語はむしろ、主語を文章の中で必ず明確にしていくと、すごく変なものになる。主語を意識しないで書く方がいい。法律関係や契約関係の文章のように利害関係を疑問の余地なく記述しなければならない場合は、正確なのだけれどガチガチしたものになるのは、主語を明確に立てようとするからだ。
読み進んでいくと「が」と「は」の話に入っていった。「は」は句点の○を超えて文章全体にかかる力があるらしい。本多さんは「これを三上章は『ピリオド超え』といいました」と書いている。
なかなか刺激的だ。

出来事

Posted by 東芝 弘明