一般質問の広報原稿を仕上げた

出来事

ポスターと選挙葉書を発注するために最終の仕上げを行った。写真の色合いについては、「Photoshop」ではなくて、Appleのソフトである「写真」か「Adobe Lightroom」を使うのがいいようだ。「Adobe Lightroom」は使用方法を理解していないので「写真」に素材を取り込んで色合いを調整して、もう一度書き出すという方法を取っている。「Lightroom」を使いこなせれば、ファイルを加工してファイルを上書きすることができるので、一手間簡単になる。時間ができたら「Lightroom」を使えるようになりたい。

いつも印刷しているところでポスターを作ろうと思ったら、裏面へのシール処理がなかったので、他の所に原稿を発注した。シールにすると値段が跳ね上がる。葉書は1000枚で2120円だった。ポスターと葉書で39000円弱だった。

一般質問の原稿を仕上げて事務局に送った。どこをどう削って1000時に収めるのかでいつも時間がかかる。最初一通り作って1900字だった。これを半分にするのかと思いつつ、試行錯誤を繰り返して1000字に押し込んだ。如何にして換骨奪胎しないよう内容を盛り込みつつ圧縮するのか。ここに苦心の中心がある。
議会広報の質問と現実の質問には、かなり大きな隔たりがある。なぜそのような答弁になったのかは、実際の質問を再現しないと分からないと思われる。質問を圧縮していくと、こういう展開をしたのでいい答弁が出てきたというプロセスがほとんど削ぎ落とされるので、強調したかったことがどうしても失われる。今回は、子どもの貧困について、「経済的貧困」と「貧困の文化」、「発達の貧困」という概念を紹介したが、それを一般質問の広報原稿では再現できなかった。6月の一般質問では、日本政府の子どもの貧困対策の根本には、税と社会保障の再配分によって子どもの貧困を克服するという政策がなく、これを拒否しているところに最大の問題があることを指摘し、その上で「経済的貧困」と「貧困の文化」、「発達の貧困」によって子どもがどんな状態にあるのかを示し、地方自治体にとって何ができるのかを求めた。市町村が、経済的貧困を克服するという根本的な問題については限界がある。そのような状況下でも、子どもを貧困から救い出すために努力が必要だということを、分かりやすく整理できたのではないかと思っている。どれだけ深く、どれだけ本質に迫れるのか。教科書や導きの書物がある訳ではないので、自分で本や文献を読み込んで、質問の道筋を自分で発見する必要がある。この自分なりの発見が、自分の認識として根付いていく。これが議員としての蓄積となる。見えない道を試行錯誤の末に見つけ出すのは面白い。

今回は、雑誌経済の対談が一番役に立った。質問の対象になっている問題に対して、どのような認識をもって望むのか、今回はこのことを痛感した。質問の前日、午後7時頃まで文献を読んでテーマをつかもうとした努力が、質問に生きる形になった。午後7時から質問を書くと仕上がるのがどうしても夜中の2時頃になった。そこからお風呂に入って、寝るまでに時間がかかる。原稿の直しは、質問の当日、手を入れて議会事務局でプリントアウトした。

広報原稿として乗り合いタクシーのテーマを整理していると、井本町長が如何に前向きに積極的に答弁したのかが見えてきた。思っていた以上に積極的に反応している。今回の質問を通じて、事態が前に動く可能性が出てきた。議会全体でも乗り合いタクシーの実施を議会決議したが、ぼくの質問はこの決議への貢献になったのではないか、と思っている。

出来事

Posted by 東芝 弘明