地方自治体に憲法を

雑感

地方自治体は、民主主義の学校だと言われてきた。国民主権が実現するというのは、国政や県政、市町村政という多重的な段階において、主権が貫かれていくということだろう。政治は棲み分け論ではない。国の権限、都道府県の権限、市町村の権限というように権限としては分かれているが、同時にそれぞれの段階で同じ事業に対して相互に責任を負っているという側面がある。国民健康保険という事業をみても、学校という仕組みをみても同じような形でそれぞれの機関が責任をもってことを進めている。

国や都道府県、市町村が相互に関係しながら国民に対して責任を果たすことによって、国民主権を実現するというのが、実際の日本の姿だろう。すべての権限を束ねて貫いているのは、国民主権ということになる。従って国民は、国民主権の体現者として、市町村政や都道府県、国に対して主権が貫かれるように求めていく。住民の代表としての議員も、国民主権を貫くために、自分たちの立ち位置を踏まえながら国民主権の実現を求めていく。

たとえば、憲法に対する態度についても、憲法がどこで生かされるのかというと、国民の生活している場で憲法が生きるようにならなしと、本当の意味で最高法規ということにはならない。最高法規の憲法に基づいて法律ができるという形を取っているので、実際の国民生活の現場で憲法の精神が生きているかどうかが、かなり重要な意味をもつ。

戦後、憲法違反を問う裁判は、結局、国民主権の立場から国民の手を縛る法律が、本当に憲法の精神に貫かれているかどうかを争うものだった。地方自治体に憲法論議はなじまないというのは、こういう角度から言って論外だとは思う。むしろ地方自治体で日本国憲法が生きているかどうか、この視点は極めて重要な意味をもつ。憲法が遠い存在であるかのような地方自治体運営は、根本的にゆがんでいるともいえるだろう。

雑感

Posted by 東芝 弘明