せせらぎ公園清掃 2005年5月29日(日)
9時30分に着くかどうか、なんども時計を見ながら歩いていた。
娘は、小さなピンク色の自転車で、はるか前にいる。
少し大きめの黒長靴が、歩くたびにゴトンゴトンと言う音を立てる。
旧大門口橋から西に真っ直ぐに堤防が伸びている。堤防の先端の北側に道の駅があり、南の河川敷は緩やかな傾斜をもって河原まで続く。そこがせせらぎ公園だ。
かつらぎ町の道の駅は、背の山の直線と子どもの頃からよんできた24号線沿いにある。ファミリーレストラン・ジョイフルのすぐ横が道の駅なので、存在を知っている方も多い。
橋本市から和歌山市までの区間に道の駅はここしかない。トイレ休憩のできる道の駅は、休憩のために車から降りてくる人々でいつもにぎわっている。
だんだん、せせらぎ公園に近づいていくと、ほぼフラットな広場に大人と子どもの入り交じった一群が見えてきた。清掃作業をおこなう集団だ。娘は河川敷の公園の下の方まで自転車で下りていった。
今日は、笠田公民館と育成会主催のせせらぎ公園クリーン作戦の日である。掃除の後には、バーベキュー大会が予定されている。
土のう袋がごみを入れる袋として使われる。娘が火ばさみを、私が土のう袋をもってナイロン袋やガラスの破片やたばこの吸い殻などを拾って歩く。
作業時間は1時間。大水が出たときに、岸辺に生えている木々にナイロン袋が引っかかってごみになっている。何気なく捨てたナイロン袋は、泥水といっしょに流され、木にまとわりついたり、砂の中に半分埋まったりして、川下へ、川下へと続く。
「捨てる人が掃除をしたらよく分かるだろうな。捨てたら見苦しいことが」
いつもそんな思いが頭に浮かぶ。
捨てる人は掃除をしないから、また捨てる。
捨てない人は、ボランティアで掃除に参加したりするから、ごみの実態を知る。だからいっそう捨てなくなる。もしかしたら、この溝は大きいかも知れない。
子ども時代に清掃作業に参加し、親と一緒に塵のことを考える体験を積み重ねることが、ごみを捨てない人間をつくる力になるだろうか。
物事はそんなに簡単ではないが、自分を大切にし、自分を肯定できる子どもに育ったならば、今日のような体験は、プラスに働くように思う。
バーベキューを楽しんだあと、娘は先に自転車で帰った。後かたづけが終わったので、私は歩いて帰った。
自宅で昼寝をした。疲れが少し溜まっている。
夕方から絵本の整理をし、部屋に掃除機をかけ、夜は妻が作った石焼きビビンバを3人で食べた。
テレビもつけずに、このブログを書く。あんまり音がしない。
娘と妻は2人でお風呂に入っている。
夜になってから少し寒くなった。









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