議員の質疑の一つは実態の暴露にある

雑感

今日は議会傍聴がなかった。傍聴のない議会が少なくなっていたので少しさみしかった。今回は、ヒアリングも行ったので少しは内容のある質疑になったと思われる。指定管理の仕様書を3種類読んで一番驚いたのは、同じような規定なのに微妙に違いがあって、統一されていないことだった。評価点数が、2つの仕様書には載っていたが、公募した仕様書の方には掲載されていなかった。なんとも統一感のない仕様書だった。本当に徹底した視点で仕様書が作成されているのか、疑問が残った。

議会終了後、議会モニターの方々の感想を読んだ。厳しい意見もあったが、議会とは何かという基本点で認識の違いを感じた。今日は、議会とは何かに関わって書いてみたい。
日本共産党の衆議院議員だった正森誠二さん(故人)の本に『質問する人、逃げる人』という本がある。逃げる人というのは、答弁に立つ官僚や総理を含む大臣、質問する人は、逃げる人を追求もするし提案もするということだ。
国会も地方議会も、基本はまだここにある。行政が積極的に説明責任を十二分に果たすのかといえば、残念ながらそうではない。議員の追及によって国会を通じて事実が暴露されていくのはなぜか。それは、必要な情報さえ国民には明らかにしないというところに基本的なスタンスがあるからだ。残念ながら日本政府は、経済的な利害関係のもとで一部の勢力のために政治を行っている。つまり一定の階級の支配のために政治制度、法律などなどを作っているので、最初から国民の利益と相容れない諸政策を実行することが多い。それを100%あからさまに説明したら、国民主権の下ではたちどころに政権としては崩壊する。したがって説明の多くは、真実を明らかにしないでごまかすという点に基本がある。出されてくる法案が一体誰のために、一体何のために作られたのかを見抜かないと本当のところは分からない。
もちろん、国民世論や運動を反映して、国民のためになる法案が実現することも少なくない。しかし、それらが実現するのには、かなりの時間が必要だ。

経済財政諮問会議という仕組みがある。ここが打ち出してくる骨太の方針は、かなりあからさまに階級の利害が見えるような書き方になっている。これを一つの土台のようにして法案が出されてきたときに、国民の利益を守る立場に立った政党は、事実を暴露して法案の本質を明らかにする努力が必要になる。国の仕組みがこのようにして成り立っているので、地方自治体に降りてくる諸制度も、階級的利害のバイアスのかかったものがたくさんあることになる。

したがって、地方自治体の説明も、透明性、ガラス張り、住民本位のものなのかどうか、という点では本質を見極めるための慎重で真剣な議論が必要になる。法律は変えることはできないが、地方自治体でどう具体化するのか。自治体の裁量権もある。今の日本で市町村長の方々は、国の方針を見極める目を必要とする。説明は国から降りてくる。これを自分の判断で全て見極めるのは難しい。情報をどう国民本位にとらえるか、という点で日々試されることになる。自分の頭だけでこれらのことを全て判断することは難しい。幸い、国民の側に立った論調や運動なども多い。そういう情報にアクセスする努力が問われている。
手前味噌だが、「しんぶん赤旗」や日本共産党の主張は、参考にするに値する。

基本がこう言うところにあるので、地方自治体の職員の説明も、国や県からのオウム返しであれば、木で鼻をくくったもの、実態とずれたものにならざるをえない。例えば少子高齢化。かつらぎ町は、少子高齢化で苦しんでいると一言で言うが、本当は、少子高齢化と過疎化が同時に進行して人口が減少しているということである。以前、少子化対策の計画の作成を国に求められたときに、あて職で審議委員になったことがあった。ぼくは、かつらぎ町で進行しているのは少子高齢化と過疎化なので、過疎化という視点も重視して計画を立てるべきだと主張した。しかし、担当課長は、「東芝議員さん、言っていることは分かりますが、国から求めてきているのは少子化対策なので、過疎化という視点を入れて計画を立てるのは難しいです。はっきり言ってできません」と語った。驚くべき回答だった。実態とかみ合わない計画を立てても意味がない。しかし、まあ一事が万事、こういう傾向にある。

消費税10%の国に日本はなった。消費税は社会保障のために100%使われるようになったという説明だ。半分は正しい。しかし半分は事実と違う。今まで社会保障にあてていた財源を引き抜いて、そこに消費税をあてがうというのが本当の姿だ。このことは財務省のホームページに書いてあるし図表もある。しかし、このことは国民には伝わっていない。あたかも消費税の増税によって、世の中がよくなるかのようなニュアンスで社会保障の財源論が宣伝されている。消費税を増税するたびに法人税の減税を実施し、国の税収は全く増えていないという事実も、実は簡単に証明できる。日本は消費税に依存するようになって、経済的に成長しない国になった。消費税一つをとってみても、国のごまかしの議論があるということだ。
例えば働き方改革。導入された改正によって事態が大きく変化したのか。うたい文句とは違う事態が進んでいるのではないか。ということだ。本当の姿を国民に伝えるためには、どうしても努力が必要だ。一事が万事ということは、こういうことだ。

自分の頭で、自分たちの力で地域を分析して、必要な政策を構築していく視点は、どの分野でも問われている。しかし、基本的な枠組みが、上意下達なので、自治体の説明や答弁もおかしなことになる場合がある。その結果、透明性やガラス張りという形にはならない。正森誠二さんの『質問する人、逃げる人』という点がどうしても生まれる。それは地方自治体も同じだ。
当局は、率直に議員に対して、透明性の高い説明を行っているという視点で議会を見ていると違和感が出てくる。「どうして町当局と議員は協力しないの」という目でみていると、かけ離れた議論に対して戸惑ってしまうだろう。
現時点では、議員の質問は、実態の暴露に比重の一つがある。実態の暴露をめぐって紛糾したり審議が停まったりするのは、今の議会の有り様を端的に表している。町当局と議会が同じ方向を向いて、国民主権の原則の下で住民のために仕事をするようになるのは、もう少し先の話だ。本当の意味で国民主権を貫く国政ができなければ、本当の意味でのガラス張りと透明性は確保されない。今の時代のなかで、町当局に徹底的に分かりやすい説明を求めるのは、無いものねだりになる。

地方自治体も階級の利害が反映した議論にならざるをえない。ごまかそうとする説明に対して、実態を暴露しながら提案するということは、これからも必要になる。行政と議会は車の両輪だというけれど、車の両輪になる前の質問や質疑というのがあるということだ。このことを理解していただくのには、時間がかかるかも知れない。

雑感

Posted by 東芝 弘明