現状を分析する力
午前中、紀の川市議の写真撮影に立ち会った。立ち会っている間、綱領の関係本を読んだ。日本の現状規定でアメリカと日本の関係をどう理解するのかという点で、日本共産党は戦後大きな苦労を経験している。アメリカによる日本の支配の特徴を正確に把握するまでにかかった時間は15年ほどになる。正しいと思われる認識を獲得したのは、1950年代の後半だった。
1945年の大日本帝国の敗北によるアメリカによる全面占領、その下での日本国憲法の成立、国民主権、恒久平和、基本的人権の確立、国権の最高機関としての国会の成立、地方自治の確立という変化をどう理解するのかというのは、現実に国会でこの変化に立ち向かっていた国会議員をしてもなかなかその姿をとらえるのは難しい問題だったと思うし、現実を深く認識できた人も少なかっただろう。
アメリカは、ポツダム宣言の実施という任務を負って、連合国の総司令部という形で日本を占領したが、途中から大きく方針を転換して、アメリカにとって日本をどう利用するのかという方向へ突き進み、その中で朝鮮戦争が起こり、中国革命が起こってという極めて劇的な変化が進んだ。
その過程の中でサンフランシスコ平和条約が結ばれ、第二次世界大戦の総括ということになったが、この条約と一緒に日米安保条約が締結されて、日本の戦後体制が確立した。この劇的なプロセスの中で日本共産党はアメリカと日本の関係、日本の資本主義の発展段階を把握して、日本という国はいったいどういう国なのか、どういう勢力が日本の実権を握って日本を支配しているのかを見極めていこうとした。しかし、この過程の中で、日本共産党は、ソ連や中国の影響を強く受け、党が分裂した。朝鮮戦争に至る激動期には、レッドパージによって多くの共産党員が公職を追放されるという弾圧を受けた。党の統一と回復を実現するのにはかなりの時間を必要とした。
日本共産党は、党の統一を回復して61年綱領を確定した。苦難の中で真実をつかみ取った日本共産党の努力は、日本の戦後史の中でも貴重なものだったと思われる。今日、多くの知識人は、アメリカによる日本の支配を「対米従属」という言葉で把握して、いかに深く日本がアメリカに従属しているのかを語るようになっている。しかし、1961年当時、日本が発達した資本主義国なのにアメリカに従属していることを明らかにしていた組織は共産党以外ないに等しかっただろう。
1978年にぼくは日本共産党に入党したが、アメリカに日本が従属しているという点と、日本の独占資本がアメリカの目下の同盟者として日本国民を支配しているという2つの点を学んだときは衝撃だった。国民主権が実現していると思っていた国は、この2つの大きな勢力によって政治も経済も軍事も動かされており、このことを根本的な原因として国民の苦しみがあるということは、ぼくの認識を大きく変える力を持っていた。
今の党綱領は、さらに多くの試練を経て、プロトタイプ的な、もしくは機械的なといってもいいと思うが、現状分析をさらに正確なものにしている。1961年当時の綱領は、〝日本は高度の発達した資本主義国でありながらアメリカ帝国主義になかば占領された事実上の従属国になっている〟という認識だったが、今の綱領は、「わが国は、高度に発達した資本主義国でありながら、国土や軍事などの重要な部分をアメリカに握られた事実上の従属国となっている」と規定している。61年当時は「アメリカ帝国主義と日本独占資本の支配」という規定をしていたが、現在はアメリカが取っている帝国主義的な政策という把握に変わっている。
アメリカ帝国主義の支配という考え方では、今の日本の現状を正確に把握できない。日本はアメリカに従属している状態であって、日本を支配しているのはアメリカ帝国主義ではないということだ。
日本独占資本の支配というのも改められた。大企業・財界が政治に大きな影響を与え、大企業・財界の利益を代弁する形で政治が実行されている。どこかに単一の日本独占資本という司令塔があって、政治と経済を牛耳っているということではない。日本独占資本の支配というのは、現在の日本の政治や経済を動かしている勢力の実際の支配の形を説明するのには適さないということだ。経済界の動き、政界の動きは、集団化している人間の組織の動きであるので、そこには意見の違いや対立などもある。日本を支配している中心勢力に大企業・財界があり、政治も独自の役割を果たしているというのが、今の日本共産党の認識だ。安倍さんたちの中にある靖国派と呼ばれる政治勢力の動きと大企業・財界の動きにも違いがあるので、そういうところにも分析のメスを入れる必要がある。
アメリカに対する見方も、帝国主義ということではくくれないアメリカの外交の内容を把握して、柔軟に対応することと、帝国主義的な政策がどのような国際情勢の中で生まれているのかという、リアルな視点でアメリカ帝国主義の支配という言葉もあらためられている。
しかし、61年綱領が機械的だったのかという単純化もすべきではない。アメリカと大企業・財界が日本の政治や経済を動かし、国民の利益と相容れなくなっているという把握の視点は、今も極めて有効であり、あの時代にこの仕組みを見抜いたのは、卓見だったというのは間違いないと思われる。
自分の力でかつらぎ町がどういう性格を持った自治体なのかを見極める必要がある。そのときに日本共産党の綱領の視点が役に立つ。大企業・財界の影響を受けた国の政策が、かつらぎ町の自治体にどういう形で降りてくるのか。さまざまな政策にどのような背景と意味があるのか、それを見極めながら、自分たちの地域がどうなっているのかをみる必要がある。科学的なものの見方考え方を基礎に、自分の頭で事実を把握し、未来を見通す。そういうときに日本共産党の綱領は、現実を分析する力を与えてくれる。












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