チラシ作り、配達は雨 2005年8月13日(土)
橋本で下村まさひろさんが街宣しているところを写真にとってもらうようお願いしていた。もちろん撮るカメラはデジカメである。11時過ぎにメールで写真が届いた。さっそくフォトショップエレメンツで写真を切り抜いて、ニュースに貼り付け印刷できるようにした。日本共産党の活動もなんだか新聞社のように今風になった。
昨夜、自宅に11時30分頃帰ると、「背中が痛い、息ができない」と言って妻が唸っていた。湿布を貼ってあげて、しばらくすると落ち着いてきたが、右腕を上げても痛みが走るという。
今日、朝お坊さんが来るので、部屋を片付けて、食器洗い機に食器を入れ、掃除機をかけて事務所に出勤した。妻の仕事を肩代わりしてあげないと、どうにもならない状態だった。
8月13日、お盆休みに入っているのでお医者さんも休みだったらしい。おばあちゃんが筋肉痛の痛み止めがあるというので、車で九度山までもらいに行った。
1時頃自宅に帰ると、ソファーの上で妻は休んでいた。
夕方、もどると薬が効いたのでだいぶん楽になったと言っていた。少し安心した。
夕方、日曜版の配達をおこなっていると土砂降りの雨になった。一番最初に降ってきたときに雨宿りをかねてウエストコーストに行ってしばらく様子を見ることにした。
「雨はもう降らないな」
そう判断して、移方面に車を走らせた。
すると、みるみるうちに空が黒くなって大粒の雨が地面を叩き無数に水が跳ね上がるのがみえた。次の瞬間、土砂降りの中を単車で走る形になった。
1軒しんぶんを配って、ガレージのところで1分ほど雨宿りしていると、雨が走るように南の方に去っていった。驟雨というのはこういう雨のことだろうか。
「今の間に配ってしまおう」
こんな考えが頭の中を走る。
移地域に行くにはトンネルを1つくぐる必要がある。トンネルを越え、配達するために在所の中に入っていくと雷が遠くの方で鳴っていた。
「雨がまた降るかも」
そう思っていると、激しく降り始めた。ナイロンの袋に入れていた新聞が少しぬれてしまった。
あと2軒で完了というときに1部新聞が足りないことに気がついた。
このコースの中で、最も事務所と離れたところで新聞が1部足りない。
踏んだり蹴ったりなのか、弱り目に祟り目なのか。それとも踏んだり蹴ったり×弱り目に祟り目なのか。
事務所にもどると服もズボンもびしょ濡れになっていた。
1部配れなかった新聞を配らなければならないので、今度は車を走らせた。
バケツをひっくり返したような雨である。地面と空とがくっついて滝の中にいるような感じだ。ワイパーを早く動かさないと前が見えない。
この配達だけで20分ほどかかってしまった。
夜は7時半から事務所で会議があった。選挙をどう戦うか、何を準備しするか。段取りをどうするか。話を詰めていくと時間がないことがありあると分かってくる。
総選挙、いよいよ近し。浪高し。








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