久しぶりにゆっくり 2005年10月10日(月)
久しぶりの休暇。朝、新聞配達から戻り、パンを買いに行った。
簡易ピザトーストを作る。
食パンの上にマヨネーズとケチャップを出してスプーンで混ぜぬり広げ、その上に少量の粗挽きコショウを落とし、韓国のり1枚をのせる。さらにとろけるスライスチーズをのせてオーブントースターで焼く。韓国のりは、少し油っぽく塩味がする。のり巻きサンドがわりと美味しいのでのせてみたが、なかなかいける。
7時頃から雨が降った。本格的な雨だ。
ご飯を食べたあと、一般質問を要約する作業にかかった。1時間のやりとりを要約していくと1800字を越えた。これをさらに1200字程度に縮める。完成したので、メールで議会事務局に送った。
雨がずっと降っていたので、読みかけていた「小説の心、批評の目」を読むことにした。この本は、日本民主主義文学会が発行した本で、文学入門とでもいうべき本だ。この本を読んでいると1971年に発行された「続文学入門」も読んでみたくなったので開いてみた。
作家は、最初から作品世界の全貌を見据えているわけではない。
ある人は、簡単なストーリーの骨格を書く。この骨格よりも大事なのは、取材と登場人物の生き生きとした人間像だという。人物が生きて動き始めると最初に考えていた骨格は変化してくる。
文章は、書き始めると書く前に考えていたこととは違う方向に走る場合がある。細部が具体的に決まってくると展開の仕方が変わってくるのだ。
小説にもそういうことはあるということだろう。
長編小説は、様々な物語の縦糸が幾重にも重なっていく。
小説を読んだことはあっても書いたことはない。書こうとしたことはある。
小説を書き上げた人は立派だと思う。
小説の中で生きている文章は、ぼくたちが日常書いている文章とは似て非なるものだ。
小説は、具体的な情景を描写しながら進んでいく。小説の世界で呼吸している文章の形式は、小説の世界だけにしかない。小説は、エッセイでも評論でも論文でもない。
文章を通じて描写しながら書きたいテーマを追及していく。作家が胸に秘めているテーマは、小説の中で、登場人物の台詞となって書かれる場合もあるだろうし、情景描写の中に忍び込ませる場合もあるだろう。大きな歴史的事件の中で人間がどう感じ、どう生きたかがテーマである場合もある。
夕方家族3人で買い物に行った。娘は遠足用のお菓子を物色していた。予算は300円。
「100円のお菓子だったら3つしか買えやんで。10円や30円、20円のお菓子を買えば、いっぱい買えるよ」
そう話しかけると一生懸命選びはじめた。
手に持てないので買い物カゴを持ってきてあげた。
「あと60円分買えるよ」
あと20円というところで妻がやってきた。
「おかきにしいよ」
娘はお母さんのいうことなら素直に聞く。
結局、子豚ラーメンを買って、330円ぐらいになった。
「30円はおまけ」
妻がそういうと娘は喜んでレジにかけていった。
夜はぼくと娘2人でハンバーグを作った。ニンジンを娘が切って、ジャガイモの皮をむくと娘がジャガイモを切った。
タマネギをみじん切りにしてフライパンで炒める。コンソメ顆粒とオイスターソース少々で味を付ける。
熱々のきつね色したタマネギをステンレスのボールに入れ、鍋に氷を大量に入れ、水を入れてボールを冷やす。
挽肉とパン粉と卵、冷やしたタマネギ、塩とコショウを少々、これを混ぜて2人でこねる。
フライパンでハンバーグを妻が焼く。ハンバーグのソースは、フライパンに残った肉汁に市販のデミグラスソースにケチャップと赤ワイン加えて一煮させたもの。つきあわせは、ジャガイモ、ニンジンのバター炒め、ブロッコリー。
おばあちゃんとおばちゃんがハンバーグを焼く直前にやってきたので、挽肉を増やしてハンバーグを5つ作った。巻きずしとにぎりの差し入れが加わったので豪華な洋食・和食の夕食になった。
ハンバーグはなかなか美味しかった。









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