洪水のような報道の中で思うこと

安倍晋三さんの死去に関して、生前の経歴を肯定的に描いてみせる報道があふれることに対して、「そうじゃないだろう」「どうしてそう描くのか」という気持ちがわき上がってくる。海外からのメッセージも肯定的な評価ばかりが、リトマス試験紙を通り抜けて出されてくるような、そんな違和感がある。
そもそも、亡くなった直後からその人の過去の功績を洪水のごとく流すという意味はあるんだろうか。そんなことよりもすべきことがあるだろう。事件は、参議院選挙の最中、まさに選挙の応援演説という舞台で起こった。安倍晋三さんの死去は、重大な事件だった。この事件の真相を追究しながら、同時にメディアは、この参議院選挙で何が問われているのかを、国民の前に提示する必要がある。安倍さんが訴えたかったことに焦点を当てるのもその一つ、それに対して野党がどういう対案を示しているのかを明らかにすれば、参議院選挙で何が問われているのかをえぐることができたのではないだろうか。
今回の参議院選挙は、もしかすれば、安倍さんは、内閣総理大臣時代よりも、精力的に全国を駆け巡ったのではないだろうか。防衛費2倍、GDP2%ということを積極的に掲げた中心人物が、内閣総理大臣時代にはできなかった憲法改正も視野に入れ、動いていたのではないだろうか。事件は、この安倍さんの主張とは絡んでいないとしても、参議院選挙の焦点がどこにあるのかを明らかにし、国民に冷静に考えてもらう材料を提供すべきだったと思う。
しかし、テレビも新聞もこんなことはしなかった。
昨日のぼくの記事に対して、waoさんが書かれたコメントは胸にしみた。
「最近の言葉は軽い、と感じる。ネットで飛び交っている言葉が軽いのだ。何故この様な事になっているのか。それは人が本を読まなくなっているからではないだろうか。情報をネットで探し、一応分かったつもりでいる。違うのだ。日本の古典、世界の古典、現代文学、それらを実物の本を手にして読まなければならない。そして想像力を鍛える。エンターテインメントから初めて(SFから始めても良い)、本の面白さに慣れたら、ちょっと取っつきにくい哲学の本を読んでみると良い。実はエンターテインメントを書いている人物が凄い哲学者であったりする。例えば筒井康隆などはハイデガーを読み込む為の指南書を書いている。そういう風に読書をサポートして呉れる人がいるのだ。
松本清張は「葉脈」(ようみゃく、子供は読めないかもしれないので読み方を書いておきました)の人になりなさい、という言葉を残した。
1つの本に出合ったらそこにとどまるのではなくてそこから触手を伸ばして此れも読んでみよう、あれも読みたいという風になる訳だ。読書という旅の始まりである。ハイデガーを例に出したが、ハイデガーに留まらずにハイデガーの批判本があるからそれを読めと教えて呉れる人もいる。」(waoさんのコメントより)
文学の力をもっと学びの中に取り入れることが必要だと思う。小説の形でしか伝わらないものがある。論文や評論のようなものしか読まない人もいるだろう。しかし、それだけでは、学びが深まらないのではないだろうか。時代の中で人間が具体的にどう生きたのかという空気感、息使い、人間の皮膚感覚や感じ方などを受け継ぐためには、文学の力が必要。ぼくはそう思う。
人間の個人的な体験なんてたかが知れている。相手の気持ちや置かれている状況を深く理解するためには、想像力が必要であり、相手の話から状況を再構築する力が求められる。waoさんが言うようにそれらの力は、エンターテインメントの小説でもいい。そこから始まって、葉脈のようにつながるような学びが必要なのだ。自分の生き方に引き寄せて学ぶならば、文学はその人に豊かなものを蓄積してくれる。
ぼくは、昨日のブログの記事の中で、安倍晋三さんに対する思いには「付き合いのあった人物に抱くような感情を持てないというのが、自分の中にある気持ちです」とも書いた。これは、安倍晋三さんという人物に会ったこともないぼくという人間が、こういうことを書かないと、「ご冥福をお祈りしたい」だけでは、自分に正直にはなれないということだった。
中学生だと思われる大阪の人が、安倍さんが襲われた現場に行き、お母さんと一緒に献花している映像がニュースで流れた。これを見たときに、ああ自分とは違う思い方をする人もいるんだなという点で新鮮だった。
何らかの心の共感があって人は動く。自分とは違う感じ方も知って、その違いを考えることも大事なんだとも思う。
安倍晋三さんへの銃撃事件のもつ衝撃は、事件が起こった直後よりも今後の方が大きい。この事件が、日本社会に何をもたらすのか。この事件から何を学んで日本社会に生かすのか。これは、今後の一つの大きな課題だと思う。
日本が再びファシズムに向かわないように。今まず思っているのはこの問題でもある。第二次世界大戦につながったテロ事件の積み重ねは、次第に権力による国民弾圧という方向に傾き、戦争反対という思想を徹底的に弾圧する方向に突き進んでいった。
歴史は繰り返すのか。という問いかけを胸に抱いて、安倍さんが凶弾に倒れた事件について考え続けたいと思っている。













ディスカッション
コメント一覧
安部さんの死を利用したような選挙演説を聞いて胸糞が悪くなりました。
ああ、今日は危険防止でちょっと疲れた。
危険ではなく、棄権であった。でへへへへ。
残念な結果になったが、国民大運動で憲法改正を阻止しなければならない。
自民党がね。誤解を招く表現であった。
自民党が安倍さんの死を利用する演説をしておって胸糞が悪くなった、と言いたかった訳です。
大門さんを落としたのはつくづく残念。鹿児島では松崎真琴も落としてしまった。野党連合は正しいのであろうか。俺は疑問が湧いてきた。
野党連合といか野党共闘ですね。
鹿児島で俺の師と仰ぐ先生がおりまして俺の疑問は氷解しました。
土曜日に公明党が
「アベノミクス、アベノミクス」
と連呼していたのにはゲッソリした。
統一教会と自民党の関係が表に出てきたので安倍内閣のおぞましさが、一層表に出てきた感じです。安倍さんという政治家の本当の姿を浮き彫りにする必要があります。
そこへ持ってきて「国葬」ですか。ゲンナリしますなあ。
俺が国葬されるのなら分かるが。
選挙期間中の奈良西警察署の報道機関に対する態度であるが、「ある特定の団体に恨みを抱いていた」という事を盛んに言っておった。「ある特定の団体」というのが旧統一教会である事は掴んでおった筈であるが選挙期間中であるという事でその事を伏せた疑いが濃厚である。その特定の団体と自民党の関係があからさまになれば選挙結果に影響すると考えたのであろう。では誰がその様な圧力をかけたのであろうか。警察庁であろう。これは拙い事だ、この事は選挙が終わってから出そう、と忖度した訳だ。誰に忖度したのか。自民党である訳。選挙期間中に統一教会と自民党の関係が露呈すれば選挙結果は今と随分違った結果になった筈だ。
もう1点。
犯人の責任能力に問題がある様な事を言い出したが(鑑定留置)、これは犯人が精神異常者で自民党とはいっさい関係ない事で、事件も統一教会とは関係ない事なので、安部氏は可哀そうに気違いに銃で撃ち殺されたのだ、としたい事が透けて見える。真実を闇に葬ろうとしている事が明瞭だ。
何が国葬だ。岸田は安倍晋三氏の闇をこうゆう事ではぐらかそうと企んでいる事もまた明瞭だ。何故なら自民党と旧統一教会、特に安部と統一教会の関係をなし崩しに消し去ろうとしておる様に映るからだ。岸田も警察庁から「特定の団体」が旧統一教会であるという事を聞いておった可能性がある。事件当時、各マスコミは「特定の団体」とはどこだ? と色々勘ぐった様である。①創価学会 ②日本会議 ③その他の右翼。
この問題は根っこが深そうなので徹底的に追及するべきであると思う。
話はこれまたグリッと変わるが、日曜日の「報道特集」はまあ、割りとタブーに挑戦する番組だなと思ったのは、キャスターが番組の冒頭で
「安部元首相の国葬には違和感を感じる」
と述べていた。然し、閣議決定後の発言なのでもっと早く言って欲しかった。