いいことをしながら悪いことをする

経済界には、日本共産党の付き合いの薄い世界、現時点ではなかなか食い込みがたい世界がある。自民党や保守的な勢力が権力を握っている中で、数多くの企業や業界には、自民党の方々との深い関係が構築されている。人間関係によって仕事が行われている側面も強く、業界の中に張り巡らされているネットワークは大きい。
もちろん、業界の中に張り巡らされているネットワークの中で仕事をしている人々が、自民党の政治のすべてをいいとは思っていないだろう。政治の世界には、生き馬の目を抜くような恐ろしいことが多いし、そのブラックな部分を見ることもあるだろう。いま、派閥の長たちの責任も含めパーティー券を巡って、立件を視野に入れた捜査が始まっているが、そういう問題で生々しい現場に出くわした人もいるに違いない。大問題になっている事件については、和歌山県で力をもっている政治家の名前も派閥も堂々と出ている。
人というのは、いいこともしながら悪いこともしている。政治資金に関わる問題では、法に触れる悪いことが含まれるケースがある。戦後の自民党の歴史は、金権腐敗の歴史という側面があり、そこには官房機密費まで使われている疑惑がある。
「田中角栄さんのように仕事をしようと思ったら、悪いこともしないとできやんよ」
かつて、自民党を支持している人の中にはこんなことをいう人もいた。
しかしとぼくは思う。問題なのは、そうやって集めたお金によって、経済界のための政治が行われてきたということだ。日本は、派遣労働を原則解禁し、賃金をどんどん切り下げ、その一方で社会保障の負担をどんどん増やしてきた。消費税の増税と法人税の減税がセットで実行されたことによって、庶民には負担増、大企業には減税が繰り返され、その結果として激しく所得移転が行われた。この結果、日本経済は発展しなくなり、失われた30年という結果がもたらされた。
かつらぎ町の人口減少には歯止めがかからなくなり、このまま推移すれば、出生人数50人を切るような時代に突入する。少子化は日本社会を再生不可能な状態にまで押し込んでいく脅威であり、少子化傾向が強まる仕組みは政治と経済によって作られてしまったと言わなければならない。
こんな政治の仕組みは、金権腐敗の政治の帰結でもあった。
全世界では、新自由主義的な改革の中で、わずか1%の人々が世界の富の63%をにぎり、27%の富を9%の人が握るようになった。90%の人は残りの10%の富の中で生活している。日本の構図も、同じような新自由主義的改革の中で、世界と同じ傾向が強まっている。
一方の極に富が集中し、もう一方の極に貧困が集中する形を変えないと国民のための政治は実現しない。そのためには、日本では一切の企業団体献金の禁止、パーティ券を寄附行為とするような法改正が必要になる。日本共産党は、この法改正を実現するために法律案を参議院に提出した。この法改正の実現は、90%の人々の幸福のために避けて通れないものだと思われる。
金権腐敗に対して重大な責任を負っている政治家でも、非常に人間っぽい優しい側面をもっており、優しい性格を合わせ持っているだろう。またそうでなければ、信頼を寄せつつ、その人のまわりに人が集まることにはならない。良心的な人々は、大物政治家とも付き合いながら、そういう大物の人間的に優しい面を見たいだろう。しかし、そこを見るだけではなく、巨大な力をどのようにして発揮しているかを見る必要もある。
利益共有の世界で何が起こっているのか。ここにも自民党政治の顔がある。












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