議員の仕事
10分前に本会議場の議席に着いた。ぼくは資料を封筒から出して机の上に並べた。どの順番に資料を並べるのか。これはかなり意味が深い。質疑のためには、資料を駆使しなければならない。流れ作業的に議長の口述が始まるので、間髪を入れずに対応できる準備が必要になる。議会最終日は、議案の質疑と討論、採決が行われる。9時からの議会のために事前に暖房が入れられ、水銀灯が点灯されている。事前のこういう準備があって、町当局も議員も寒さを気にしないで席に着くことができる。
34年間、この同じ議場の中に、確実に自分の人生が凝縮されてきた。振り返って見ると、鮮明に残っているシーンがいくつもある。議会における意志決定は、最終の決定であると同時に新しい始まりでもある。天野小学校の廃止を巡る議案の審議も、この議場で行われた。ある町長が行った不正に対する監査請求とその質疑もここで行われた。丁ノ町保育所の民間委託と丁ノ町幼稚園の廃止の議案もここで行われた。市町村合併のときの公聴会もこの議場で行われた。歴史の節目。物事を左右する決断が議員の手にゆだねられる。これが議場というものだろう。
そういうことを思い出しながら、開会の時間を待った。議会事務局長が、録音室兼映写室のスタッフに右手をクロスして挙げると、議長が口述をはじめる。照明に照らされた議場の中に議長の言葉が響く。
「質疑ありませんか」
「議長、11番」
ぼくはこう発言して質疑を始めた。立って発言をするのは好きだ。座って発言するよりも気持ちがいい。
最初の議案は課室設置条例の一部改正の議案だった。ぼくは、質問の項目を議案や参考資料の中に書き込んでおく。こうしないと整理しつつ質疑をすることができない。答弁も議案書と参考資料に書き込む。当然、議案書や参考資料は人に見せても判読不可能なものになる。
議員が本会議場で許されている質疑の回数は3回。この3回という制限の中で本質に迫る努力を行う。問いかけて、真正面から答弁が返ることはそんなに多くない。答えにくい質問をすると答弁は長くなる。答えにくいので答弁が本質の周りをグルグル回る。そういう答弁は、的から外れてしまうので、聞いていてもよく分からない。答えにくい質問をぶつけるのは得策だとは言いがたい。
ぼくは、このことを理解するまでに20数年かかった。
今回は、答弁者に問題点を認めていただき改善を図ってほしいというものにした。しかし、問題点を共有し、改善点で合意に至ることもあれば、町当局と問題点の認識が食い違うものもあった。ぼくの質疑の内容を認めない場合も答弁は長くなるし、かみ合いにくい答弁になる。その場合は、問題点がどこにあるのかを浮き彫りにするため、確認を求めるようにした。
相手の答弁の何を生かして切り返す。そういうこともある程度分かるようになってきた。文章を書き続けてきた努力が実ったのだとも思える。
議員の活動の一つは、議場での質疑と質問にある。如何に的確に物事の本質に迫っていくのか。この永遠のテーマに向き合って、議員は努力をしないと、議員になった甲斐がない。黙って座っている議員の席は「指定席」。議場は自治体の最高の意志決定機関なのでS席2万円ぐらいの料金を取ってもいいかも知れない。「指定席」を議席にするためには、挙手して立ち上がって質問しなければならない。議員の仕事は、議場の中だけではないという意見は承知している。議場の外での議員の仕事に胸を張っている議員も、質問と質疑を行えばいい。両立はできるはずだ。
自治体の議員は、自治体による意志決定に真摯に向き合う責任がある。議会は、追認機関を卒業してクリエイティブな機関になるべきだろう。重大な意志決定の場で力を出し尽くす努力をすれば、自分のスキルを磨くことができる。それはある意味、議員にしかできない希有なもの。自己の成長が自治体の未来を左右する。議員への報酬は、こういう努力を議員に求めている。
「私は難しいことは分かりません」
キャリアがない場合、そう言ってもいいとは思うが、同じ地点にずっと留まっていることは許されない。










ディスカッション
コメント一覧
まだ、コメントがありません