身の回りの現実を読み解く力
議会だより編集委員会、本年最後の編集会議と作業を行った。研修を受けたのでイメージ写真がなくなった。一体何のために、何を目的に写真を使うのか。この点が明確になったので編集スタイルが変化した。見出しと写真、写真のキャプションが大きく変化した。明らかにバージョンアップできたのではないかと思う。
議会だよりの委員は、編集に意欲をもって取り組んでいる。人間は、みんなで力を合わせることに、喜びを感じるのだと思う。協力し合うことが生み出す集団の力。ここに発展の基礎がある。
それでいえば、新自由主義という経済理念は、この人間の団結による力の発揮を妨げている。経済的管理の中に成果主義を導入しているのは、人間による人間の支配に一つの目的がある。個人をバラバラに管理しつつ、競わせることによって、個人の力を最大限引き出そうとしていると思われるが、それは、しかし、意図しない結果を引き起こしている。
新自由主義的な評価基準が、公務員の中にも導入され、仕事の質によって賃金に差をつけるという考え方は、競争を組織して、賃金にも違いを「組織」して、同一性、共同性を破壊して、分断管理するというものだ。
どうやって仕事を遂行するチームを編成するのか。ここに経営者が考えるべきマネジメントの本質がある。組織が大きく発展するためには、中間管理職のマネジメント力が問われるし、中間管理職群と上層部との民主主義的な管理が問われる。上から下への命令系統では、人間の力が発揮できない時代に入りつつある。上から下まで、シームレスにつながって意思が反映できる組織を作ることが問われている。双方向、循環型の組織をどうつくるのか。これはなかなか難しいが、組織運営の根底に、個人の尊厳の尊重と民主主義を据えることが、鍵を握っているだろう。
わずか10人足らずの集団でも、力を合わせることは難しいし、自分でものを考える集団をつくるのは難しい。
日本共産党の場合は、党中央委員会の明確な方針や情勢の解明という指針がある。しかし、党中央の方針は、たえず繰り返し明らかにされてくるものだが、漫然とこの方針を捉えていると、魂が抜けてくる。物事の解明は党中央の仕事、みたいになってくると、現場感覚がなくなって極めて機械的になる。党中央の方針は、自分たちの現実を読み解いていく上で、要石を置いたものという側面がある。もちろん、東京都という政治経済の中枢で起こっていることを、我々は知らない。しかし、東京で起こっていることは知っていても、地方で起こっていることは、我々しか知らない。したがって、自分たちの地域や職場や自治体で生起している問題や課題は、自分たちの力で分析し、解明しなければならない。
現実というのは、どこまでも具体的であり豊かである。人間は、この自分の認識の外に存在している現実を、全部把握することはできない。したがって、現実はいつも人間の認識を遙かに超えて豊かに存在している。自分たちの意識の外にあるこの現実から学ぶという姿勢を失ったら、物事は何も成就しない。日本共産党の場合は、党中央の方針を学びつつ、自分たちの身の回りにある現実を読み解き、分析し、答えを自分たちで見いだしていく努力が必要になる。この努力の差が、同じ方針なのに発展する組織と停滞する組織を分ける。
ここに書いたことは、どの分野にも一般化できるだろう。議会には、標準会議規則というような基本ルールがある。しかし、現実の議会は、大きく違う。住民に奉仕するような傾向をもった議会とそうでない議会が、どうして生まれるのか。それは、現実にどう向き合っているのかという点で、差異が生まれるということだろう。
自分の頭で身の回りの現実を把握し、考え、答えを出す努力を行う。そのために本や資料を読む。新しい視点を得て身の回りの現実を読み解く。こういうことの繰り返しが大事になる。









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2019年4月1日大企業の同一労働同一賃金施行。労働者派遣法の同一労働同一賃金は2020年4月1日施行。中小企業、パートタイム労働者、有期雇用労働者の同一労働同一賃金は2021年4月1日施行。ILO同一労働同一賃金は、ILO憲章の前文に挙げられていて、基本的人権の一つとされているらしいです。日本はこの重要な前提が元々欠落していて、漸く取り組み始めたばかり。海外の新自由主義の競争はこの大前提の上にあるものだと思います。新自由主義、一概に悪いとも言えないのかもしれません。分かりませんが。
すみません。上記はウィキペディアからの引用を含みます。