母の命日の日に
2月14日は母の命日でもある。もう48年も遠い昔の午後11時過ぎに母は亡くなった。命日が巡るたびに、「もなか」を供えることを続けている。もなかのセットはオークワにはなく、エバグリーンのお店にある。
午後7時30分頃に日曜版の配達を終了できたので、エバグリーンに行くことにした。もなかが並べられている場所も覚えている。車をお店の真ん前に停めて、買い物カゴを持って店に入った。お店は一旦左側の自動ドアから入り、右に回らないと店の奥には入れない仕組みになっている。真っ直ぐにおまんじゅうやもなかがある棚を目指す。
しかし、そこにはもなかどころか、おまんじゅうさえ見当たらなかった。置き場所が変更になっている。そう思ってお店の中を回ることにした。右側の棚を奥に進み、スイーツ売り場の棚を見ても、どこにも最中は見当たらない。置き場所を発見したのは、5分ほど歩いた後だった。
家に帰って、仏壇の蝋燭と線香に火を付けて、買ってきたもなかを供えた。蝋燭の火が少し揺れ、その火に線香を持っていき、線香の先に火を灯した。
母の死に関わる小説を書いた。ぼくが17歳になる数日前に母は命の灯を消した。そういう思い出を書いていると、その当時のことがありありと浮かんでくる。書いた小説は、思い出を克明に書いたものではない。克明に書くとその当時のことは記憶が定かでないみたいな表現がつきまとってくる。記憶を正確に再現しようとすると、欠落した記憶の溝は埋まらない。そういう書き方ではなく、主人公から見た母の死を書いた。欠落した記憶は、具体的な出来事を紡ぎ出して描いた。記憶を核にした創作、フィクション。この書き方がいいと思っている。
「今日はお母さんの命日。線香の匂いがした」
妻が会議から戻って、部屋に入るとそう言った。
今日は朝、生活相談の話があったので、その方の家にお邪魔して、テーブルに坐ると、目の前にバレンタイン用の包みが差し出された。
「今日はバレンタインですのでお一つどうぞ」
この言葉に恐縮した。
そのあと、名手のオークワに立ち寄って、お昼ご飯用の冷凍パスタとハンバーガーを買って事務所に行った。ゴミ出しをしたあと、役場に配達する日曜版に帯封をかけた。
食事のあと、12時30分に役場に向かう時に、Wi-Fiのルーターを3つ紙袋に入れ、Macも持って車に乗り込んだ。
「控え室を使います」
そう言ってから、控え室に入った。
議員の控え室のプリンターをWi-Fiにつないで無線LANを実現する作業に取りかかった。紙袋から2つ、Wi-Fiのルーターを取り出す。
一旦、AirMac expressというルーターで繫いでみたが、設定の名前やパスワードが、かなり個人的なものだったので、このルーターは使わないようにし、紺色のアイオーデータのルーターを使うことにした。このルーターに繫ぐことができるのはLANケーブルだけだった。ルーターとプリンタをLANケーブルでつなぎ、電源を入れると、Macにこのルーターの記録が残っていたので、ルーターはパスワードなしに自動で認識した。
IPアドレスは、プリンター側のものを指定する必要があった。これはプリンターの情報を確認して入力した。この作業が終わると、あっさりプリンターは無線でつながった。作業が完了したので、接続の仕方を記載した文書を作成して、プリンターの前に張り出した。
この作業をしていると、議長が話があると言って入ってこられた。面白くない話だった。








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