詩を書くことについて
新しいInDesignでビラを作り始めた。
今度のInDesignは、繊細かつ細かい配慮が行き届いている感じだ。Adobeという会社は、小さな部分を使い勝手がいいように改良して、ジャストフィットさせてくるような感じがする。
このようなソフトに出会うのは楽しい。
アップルのKeynoteというプレゼン用のソフト、iTunesにも同じものを感じる。
ようやく、ソフトの世界も手に馴染む道具のようなものに進化しつつあるのかも知れない。
27歳の時の詩をこのブログに2編載せてみた。当時、これらの詩をどのようにして作ったのか、その感覚がまだ残っていることに気がついた。これらの詩は、当時、活字になり人の目に触れたことのあるもの。ノートに何度も何度も書き直して、原稿用紙に向かい、そこでも何度も書き直した記憶が残っている。
詩を書くには、精神統一が必要だと考えてきた。心を落ち着かせて、書きたいテーマに迫っていく。対象を真っ直ぐに見つめていくと、言葉が次第に形になっていく。
ぼくの場合、詩は、表題を決めるところからはじめる。しかし、いつもうまくいくとは限らなかった。自分で打ち立てたテーマに迫りきれないで、詩として完成しなかったことも多かった。それは、自分で立てたテーマに迫りきれず、言葉が詩のリズムと形を整えるところまでいかないということだった。
ノートには、詩のさまざまな残骸が残されている。
民青新聞に掲載されたとき、作品の多くは、詩の欄の巻頭に載せてもらっていた。これが嬉しかった。門倉詇(かどくらさとし)さんの選評を読むのは、楽しかったし恐かった。
詩を書く場合は、ノートに手書きで書くという行為が必要になるかも知れない。キーボードを叩きながら、詩を書くということは、どうもできない。言葉が生まれてこないという感じがする。
20年ぶりに詩を書くためのノートをもつのもいいかも知れない。








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