人生は楽しく、面白く。
一度きりの人生だから人生は楽しく面白くという思いが、かなり根底にある。
遊んで暮らすということではない。もちろん、遊ぶときには思いっきり遊びたい。
日常生活を面白くしたい、楽しくありたいそう考えている。
真面目に生きるということだが、真面目に一生懸命生きている人間というのは、どことなく滑稽で面白い。そうも考えている。
人との会話も真剣だが面白いという感じ。
物事に夢中になって生きたい。ということだ。
このような思いは、自分の中のかなりコアな部分を支えている。
物事を真剣に探求して、自分の認識にない新しいことをたくさん発見したい。ここに驚きがあるし喜びがあるし、発見することは楽しい。質問のテーマを考えて、その物事を取材していくと、いろいろな発見がある。この発見のプロセスが楽しいし、面白い。
ぼくの新しいものを発見する喜びの基礎には、自然科学に対する興味・関心がある。とはいっても、ぼくの場合、自然科学の基礎は、中学校程度のものだ。高校生のレベルには達していない。高校時代に勉強しないで遊びすぎたのがたたっている。それでも新聞や雑誌、ポッドキャストで新しい解明や発見、発明のニュースに出会うとワクワクしてくる。
しかも、ぼくの自然科学に対する興味の根本には、空想科学小説、いわゆるSF好きというものが潜んでいる。
小さい頃からSF小説が大好きで、中学校の頃は毎日、1冊半の本を読んでいた。学校の図書館でSFのシリーズが新たに購入されると、片っ端からそのシリーズを読んでいた。
したがって、タイムマシーンやサイコキネシス、テレパシー、テレポーテーションなどには、極めて強い関心があった。ある年齢までは、超能力というものを真剣に信じていた。自然科学への関心は、ぼくの場合、どうもSF小説からきているものらしい。
スプーン曲げに費やした時間は、のべ6時間ぐらいはある。
しかし、残念ながらスプーンは曲がらなかった。
ユリ・ゲラーについても、かなり詳しく知っていた。
そうそう、石の森章太郎の「幻魔大戦」はものすごく好きだった。
主人公がサイコキネシスの能力に目覚め、その力を利用してふとんを敷くシーンは今も覚えている。
当然、映画の「バック・トゥ・ザ・フューチャー」が大好きだった。タイムパラドックスが映画の中に出てくるとワクワクしてしまう。
小学生の頃に見た「タイムトラベラー」(のちの「時をかける少女」)や「タイムトンネル」が大好きだった。
今日の話は、坂道を転がっていく雪だるまのようにふくらんでしまった。
人生を楽しむ。発見の中に喜びがある。
まじめに真剣に向き合いながら、さまざまな苦労も笑い飛ばして生きたい。
楽しみながら生きる。これがぼくの人生哲学。娘にも伝えたい大事な哲学だ。








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