道路特定財源と暫定税率

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道路特定財源の暫定税率の議論が始まった。
今回の議論が、建設的に全面的になることを願っている。
現時点では、きわめてゆがんだ一面的な議論になっている。
小泉内閣時代、小泉首相は、道路特定財源について一般財源化を方針に掲げた。これには現実的な背景があった。
一般財源化が政治的な日程に上り、実際に一般財源化が進んでいたが、それは道路整備計画が達成されはじめた中で、年間の特定財源の5.6兆円を整備計画が下回りはじめたからだった。つまり、特定財源は使い道がなくなり、一般財源化を検討せざるをえないところに追い込まれていたということである。
小泉総理の時代、道路特定財源について、「道路歳出を上回る税収は一般財源とする」となった。この方針にもとづいて、使われなかった特定財源が本四架橋の赤字の穴埋めなどに使われるように変化していた。
当時の情勢に危機感を抱いた地方の自民党的な勢力(和歌山県行政も含む)は、このような一般財源化に反対し、地方の道路整備のために1円たりとも一般財源化すべきではないという意見書を地方自治体を通じて提出する運動を毎年のように繰り返した。
かつらぎ町議会の保守系議員は、県の外郭団体からの要請を受けて、意見書を提出し続け、たえず日本共産党議員団と年中行事のように論戦を繰り返していた。
このような流れの中で、昨年政府は「道路中期計画」を発表し10年間で59兆円も道路整備に使うことを発表した。この計画を実施すると、年間3000億円も特定財源が不足するので一般財源を投入しなければならなくなる。
一般財源化の方向に対して、危機感を抱いた勢力が、過大な道路整備計画を立てて道路計画を水増ししたのが「道路中期計画」だろう。
この計画の水増し性は、都市部に現れている。国際競争力を付けるために輸送経路の整備で時間短縮をおこなうということで、各地の道路整備が計画化され、このような計画が全体の4割を占めるというのだ。
2分短縮、7分短縮などのために23兆円を超える計画をつくったということになる。このような道路整備をやめれば、暫定税率の廃止も当然視野に入ってくる。
政府自民党は、現在、暫定税率がなければ「地方の道路整備はできない」といい、地方の支持を取り付けて国民世論を味方に付けようとしている。
しかし、今日までの日本の道路整備計画の経緯を明らかにし、どの分野の道路整備に課題が残っているのかをオープンにして、「道路中期計画」がこの課題に応えるものになっているかを吟味すれば、どのような道路整備が必要なのか、おのずから見えてくる。今日に至る道路整備の到達点も明らかにせず、「道路中期計画」の姿も明らかにしないで、暫定税率がなければ地方の道路整備ができないというのは、まったく説明責任を果たしていない議論ではなかろうか。
いったい、いつのまに暫定税率が地方の道路整備計画の財源になったのだろうか。そんな話は、この問題が浮上するまで聞いたことがない。
和歌山県を含む地方自治体は、暫定税率を残せという意見を強く打ち出しはじめている。かつらぎ町もこのことをスローガンに書き込んで480号線のトンネルの早期実現をと言い始めた。ここには、日本の道路行政をきちんと見定めて政策提言をおこなうという姿勢は感じられない。
今日の道路整備が、都市再生に比重を移したことを知っている人もいる。しかし、国のそのように歪んだ道路整備計画は変えられないという前提に立って、”大いなるムダがあっても目をつぶるから何としても地方に財源を回してほしい。” ”暫定税率がなくなったら地方にお金がまわってこなくなる"という悲鳴に似た声を上げている。ここには政治を変える志がない。
問われているのは、地球温暖化や生活破壊に直面している現在、このまま土建国家日本を続けていっていいものだろうか、ということだろう。田中角栄以来、日本列島改造というスローガンのもとで、道路整備には巨費が投じられてきた。土建国家日本は、道路整備=政治であるかのような風潮をつくりだし、道路ができれば発展するかのような道路万能論とでもいうような神話をつくりだした。
道路整備が、政治の優先的な課題になる時代は終わったのではなかろうか。
道路だけで活性化できるという幻想は、改めるべきではなかろうか。
神話に算数を対峙させて、無力化されるべきではなかろうか。
日本は戦後、ものすごいスピードで復興し、インフラ整備が全国どこでもものすごい規模で展開された。おそらく、日本のようにインフラが行き届いている国はまずないという。道路整備によって改善された問題は大きい。人々のくらしを支えてきたことも間違いない。
しかし、土建国家であり続けなければならない時代は終焉を迎えている。
今の日本の政治は、高齢者問題や少子化問題を抱えているにもかかわらず、社会保障切り捨て政治を推進してきた。社会保障制度は、なんだか諸悪の根源のような扱いを受けて、負担増、給付減のまっただ中にある。
税金の問題では、大企業減税と金持ち減税、株式の関係の減税が進められた一方で、庶民大増税が何度も繰り返されてきた。
その結果、庶民のくらしから悲惨な悲鳴が上がっている。
働くという点でも、小泉改革は規制緩和の中で、派遣労働、契約社員、請負労働が自由におこなえるように制度を改変し、意図的にワーキングプアを作りだしてきた。日本政府は、大企業の側に富を蓄積させ、庶民の側に貧困を蓄積させることによって、世界に冠たる日本企業を作り出すことに貢献した。主権財界。この姿は、税金の使い方にクッキリと表れている。
今の政治のもとで、国民が幸福になる条件は整備されているのだろうか。
このことを真剣に考えていただきたい。
政治は、福祉の増進のためにある。しかし、ここ数年間の改革は、福祉の破壊を積み重ねて、国民の幸福の条件を打ち壊してきたといっていい。
21世紀の日本を考えると、このままの政治形態を続けていっていいのかどうかが問われている。土建国家をそのまま続けることは、国民の願いにこたえる道なのかどうか。
ぼくは、少子化対策と高齢者対策に政治はシフトして、財源を多くさくことを求めたい。この流れを国の方針にする中で、道路整備の問題も考えていくことが大事だと思う。
日本の財政は、道路特定財源を大きく超えるような道路整備を行えるような状況にはない。予算の組み方をあらためて、国民のくらしに奉仕する国家予算の編成こそが問われているのではないだろうか。
道路特定財源の問題は、情報の開示のもと国民的なレベルで大いに論じるべきだと思う。この議論は、戦後日本の政治の流れを問うものであるし、土建国家を総括するものでもある。暫定税率を廃止した場合の経済波及効果についても重視して明らかにしてほしい。
暫定税率がなければ地方の道路建設はできないなどという姑息な説明で、地方の支持をとりつけるような小手先の議論でこの問題を終わらせてはいけない。
日本共産党は、道路特定財源の一般財源化を主張している。これは必要な道路は一般財源で予算を組み作るべきだというものである。暫定税率の延長には、ムダ遣いの温床になるという理由で反対している。党のこの方針を現実化するためには、「道路中期計画」の抜本的な見直しが必要だ(そのなかで地方と都市との格差を縮小するという方針転換も吟味されるべきだろう──これは東芝弘明の見解)。
これと同時に、日本共産党は、地球温暖化防止なども視野に入れて環境税の導入を主張している。
本来ならマスコミが多様な政党の意見や国民の意見を紹介して、論点整理もおこなって、国家財政の中で道路の占める割合、道路に関わる政治の諸問題を深めるべきだろう。
自民党の一方的な言い分ばかりが目立つような報道姿勢は情けない。
国民のためのまともな議論をおこす責任はマスコミにもある。自民党の肩をもってこの問題を歪めるのに一役買っているマスコミは、マスコミにあらず。これは単なるメディアにしか過ぎない。

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Posted by 東芝 弘明