およぐひとのからだはななめにのびる

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中秋の名月をながめていると、なぜか萩原朔太郎のおよぐひとを思い出す。

およぐひと
およぐひとのからだはななめにのびる、
二本の手はながくそろへてひきのばされる、
およぐひとの心臓(こころ)はくらげのやうにすきとほる、
およぐひとの瞳(め)はつりがねのひびきをききつつ、
およぐひとのたましひは水(みづ)のうへの月(つき)をみる。


あらためて、引用してみると水の上の月という言葉があるので、月のイメージとこの詩は一体だったのだということが分かった。
月のイメージは、詩の言葉から来ていたのだ。
「およぐひとのからだはななめにのびる、」
この書き出しは秀逸だと思う。ひらがなで書くことによって、斜めに伸びるイメージが一層鮮明になる。
満月の光は、冷たい空気の中にある。中秋の名月は、秋の夜の長さと秋の空気の冷たさを運んでくる。
透明な月の光が、泳ぐ人を映し、透きとおった心を浮き上がらせる。
昨夜、コンクリートの上に寝転がって名月を見た。地球は、同じ姿を天空で繰り返してきた。人間は、地べたにしがみついて、阿鼻叫喚の炎を燃やしてきたが、そんな火は、天空には届かない。

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Posted by 東芝 弘明