『遍路』
中島みゆきの『遍路』をはじめて聞いたのは、兄貴の運転する深緑色のスターレットの中だった。渋田に向かう旧大門口橋の橋の欄干から下に見える紀ノ川を見ながら、この『遍路』を聴いていた記憶がある。もう一つの記憶は、高野山に向かう道を上るときに見ていた木々の揺らめきだ。この歌は1977年6月、『あ・り・が・と・う』という3枚目のアルバムの冒頭に収録されている。ぼくが『遍路』を聞いたのは、発売されて1年がたっていたように思われる。
恋愛遍歴を歌ったこの歌を世に出したとき、中島みゆきは25歳だった。アルバムに対するAmazonのレビューを読むと、このアルバムを中島みゆきの最高傑作だとしている意見が多かった。なぜ18歳のぼくがこの歌に惹かれたのだろうか。恋愛遍歴も何もないような年齢だったのに。悲しい恋の変遷を歌っているのに、『遍路』は、どこかさわやかで軽やか。軽やかなリズムの中に悲しさが乾いた感じに流れていく。
『遍路』が歌っている男の人との出会いや思い出は、何だか美しい。素敵な思い出を語っているかのような感じが漂っている。だからこの最後の部分の歌詞も綺麗に響いてくる。鈴の音は、やはりお遍路さんの持っている鈴なのかも知れない。
どうしてだか、この歌を聴いていると宮崎駿さんの『風立ちぬ』の里見菜穂子のことが思い出される。堀越二郎を愛した彼女の思いは、どれだけ彼に届いたのだろうか。結局は『遍路』で歌われているような恋愛だったのではないだろうか。かなわぬ恋だったにもかかわらず、菜穂子の恋には、『遍路』のようなあきらめと優しさがある。彼女の思いは、届かなかったのだけれど幸せだった。
スターレットのサイドミラーは、まだドアミラーではなかったという記憶がある。兄貴はこの車をどれぐらいの期間、乗っていたのだろうか。笠田の駅前の家に住んでいたとき、家には駐車場がなかったので、兄貴は、駅前大通のスナックの横を歩いて行くと突き当たりにあるガレージを借りていた。兄貴と2人でガレージにある車まで歩いた記憶がある。不思議なのは、このアルバムに入っていたはずの『ホームにて』に対する記憶がない。この歌に出会っていいなと強く感じたのは、もう少し先、19歳の和歌山大学の大学祭のコンサートの時だった。なぜ『ホームにて』に惹かれることなく、『遍路』に惹かれたのか。それはよく分からない。
『遍路』にまとわりついている記憶の色は緑。それはスターレットの色だったのか、曲を聴きながら見ていた木々の緑だったのか。その記憶は、曖昧な風の中に揺れている。











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