憲法改正に寄せて

雑感

Facebookである方とやり取りしたので、それを基本にしてブログに再現しておきます。相手の意見がなくても、一応読んで意味の分かる文章になっていると思います。

日本国憲法には、最高法規という規定があります。
第九十七条  この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であつて、これらの権利は、過去幾多の試錬に堪へ、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである。
第九十八条  この憲法は、国の最高法規であつて、その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない。
○2  日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵守することを必要とする。
この2つの条文は、簡潔に日本国憲法が人類の価値ある遺産を引き継いで制定されたことを示しています。憲法改正は、日本国憲法の原則を守り発展させる方向でおこなわれるべきだということです。基本的人権の保障、国民主権を守りながら権力者の手を縛るということが非常に大事だと思います。
自民党の憲法改正案は、国民主権と基本的人権に制限をかけ、国民に憲法を守らせる義務を負わせるというものになっており、現代憲法の原則を踏み外すもので、改正の名には値しません。

国民主権は、国民があって国家があるという考え方です。国民から信託を受けて国家が形成されるというのが原則です。共和制の国家が誕生するまで、こういう原則はありませんでした。
国家は、権力者が国民を支配するために成立したからです。国家が歴史上に誕生した時期はよくわかりませんが、奴隷制の時代に成立したのは間違いないと思います。封建制をへて資本主義になり、長い時間がかかって国民主権の原則が確立しました。国民主権が確立して初めて、国家と国民の関係が逆点しました。
国民の自由と権利を宣言し、権力の手を縛るという現代憲法の原則は、国民主権の誕生とともにありました。日本では、戦後初めてこの原則が確立しましたが、権力の手を縛った憲法ができて、わずか70年足らずだということです。歴史をひもとくと、未来に生きる画期的な原則が一旦実現しても、反動的な巻き返しが起こったり、王政復古が実現したりしながら歴史が進んだ例が多々あります。日本で本当に権力の手を縛る憲法、国民主権の憲法が定着するのかどうか、このことが今鋭く問われていると思います。
国民主権とは何か。国家はどうあるべきなのか。戦後確立したこの原則に基づいてどういう国をつくるべきなのか。この課題は、まさに未完の課題だと思います。戦争を遂行した勢力が、戦後も政治的権力を握ってきた歴史をもつ日本は、第2次世界大戦の評価について、歴史的な決着のついていない国だと思います。立憲主義を守れるかどうかが、歴史の表舞台に躍り出ている現在の情勢は、まさに決着のついてこなかった歴史問題に決着を着けるたたかいだという性格も併せもっています。
国民主権、基本的人権の尊重など原則を投げ捨てて、奴隷制の時代から数千年続いてきた権力者による国民の支配下に戻すことには賛成できかねます。

歴史は、確実に個人の尊厳を生かす方向に動いています。21世紀は、1人の独裁的なリーダーではなく組織の中の個人の力を引き出せるリーダーを求めています。組織の中で個人の力が生かせるようになるには、民主主義がどうしても必要です。オーケストラの指揮者のような役割を担うリーダーが、地方自治体にも国にも求められています。自由と民主主義に基づく発展にこそ、日本の未来があるのではないでしょうか。

国際情勢が厳しくなっているということにも言及しておきましょう。
戦争の具体論でいえば、尖閣と竹島への軍事侵攻などは、日本に対する侵略行為になるので、個別的自衛権の問題になります。アメリカと韓国の関係、中国とアメリカの関係を考えると、尖閣と竹島への軍事侵攻が中国や韓国から行われた場合、アメリカが日本の要請を受けて、集団的自衛権を行使して参加してくるのかどうか。その可能性はかなり薄いと思います。アメリカは、尖閣・竹島問題を軍事的に処理することはないといっています。ああいう小さな問題で、アメリカが軍事的に動くことは、アメリカの国策に反するということです。
尖閣・竹島問題は、個別的自衛権問題なので、昨年の平和安全保障法との関係はありません。北朝鮮による日本侵略というのは、ほとんど可能性がありません。もし万万万が一攻めてきたとしても、これは個別的自衛権の問題です。中国、韓国、北朝鮮の脅威をあおりながら、平和安全保障法が必要だというのは、筋違いの問題を取りあげて、危機をあおり、平和安全保障法が必要だと思わせる、ためにする議論です。
昨年の平和安全保障法は、アメリカの戦争に自衛隊が参加して後方支援の役割を担うこと、PKOで武器を使用して駆けつけ警護を行うなど、こういうことを起こそうとするものです。自衛のための法律ではありません。個別的自衛権と集団的自衛権は、全く違います。この違いを理解して、平和安全保障法について、考えるべきだと思います。

アメリカ軍は、日本を守るために駐留しているのではなく、アメリカの軍事戦略上の必要性に応じて駐留しているということです。しかも沖縄に徹底的に固執している訳でもありません。アメリカが日本に駐留している最大の理由の1つは、安上がりだからです。1920億円の思いやり予算で米軍住宅を建て、基地内で働いている人々(商業施設も含め)の基本給を支払い、これとは別に米軍再編関係費(主に基地移転経費)として1801億円を日本が負担しています。外国の軍隊に対し、これだけ費用負担している国は日本以外ありません。

中東情勢を決定的に悪化させた最大の責任は、アメリカにあります。戦争から手を引くことが求められています。アメリカの戦争を継続させ、自衛隊が後方支援に入るのは、間違っています。日本がアメリカの戦争に加わり、日本をテロの標的にされるような愚行はすべきではありません。

国際情勢は、冷戦時代と比較すると明らかに平和が拡大しています。冷戦時代は、第三次世界大戦の危険性さえありました。いまはそういう時代ではありません。中東情勢を安定させるために戦争を終わらせる必要があります。この地域で平和を実現しアフリカ大陸での争いを解決し、ロシアの軍事干渉を終わらせれば、世界の状況は、大きく変化します。日本は外交努力を強め世界の平和を求めるべきです。

雑感

Posted by 東芝 弘明