日露領土交渉の行き詰まりをどう打開するか――「日ソ共同宣言」60周年にあたって
2016年10月18日 日本共産党幹部会委員長 志位和夫
12月15日、ロシア・プーチン大統領が来日し、日露首脳会談が予定されている。首脳会談では、領土問題が大きな焦点となるとされている。
安倍首相は、日露領土交渉に「新しいアプローチ」でのぞむというが、その中身はさだかではない。首脳会談にあたって、日本政府が、交渉にのぞむ論建てを、国際法的にも明確に整理してのぞまないと、日露領土交渉の行き詰まりが打開できないばかりか、重大な落とし穴に落ち込む危険もあることを、危惧している。
1956年10月19日の「日ソ共同宣言」から60周年にあたり、日露領土交渉の行き詰まりをどう打開するか。この60年の日露(日ソ)領土交渉から教訓を引き出し、今後に生かすことが求められる。
日本共産党は、日露(日ソ)領土問題の解決の政策として、①北海道の一部である歯舞、色丹については、中間的な友好条約によって速やかな返還を求める、②千島列島返還を内容とする平和条約を締結する――という段階的解決を主張してきた。
今後の日露領土交渉が踏まえるべき基本点について、次の3つの点を提起したい。
1、歯舞、色丹の「2島先行返還」はありうることだが、その場合は、中間的な条約と結びつけて処理することとし、平和条約は、領土問題が最終的な解決にいたった段階で締結すべきである。
日露領土交渉にかかわって、「歯舞、色丹の『2島先行返還』で日露平和条約を締結する」という方針が政府内で浮上してきたとの報道がなされている。
ことの真偽は不明だが、日本政府が、歯舞、色丹、国後、択捉を一体に扱う「4島一括」の方針を見直し、北海道の一部である歯舞、色丹の「2島先行返還」を求めるというなら、そのこと自体は、道理にかなったことである。
問題は、この段階で日露平和条約を締結するということが報じられていることである。平和条約が締結されれば、それにどんな留保条件をつけようと、両国間の国境の公式の画定という意義を事実上持つことになる。仮に「2島返還」の段階で平和条約を締結すると、それ以上の領土返還交渉の道が事実上閉ざされることになる。
1956年の「日ソ共同宣言」のさいに、ソ連側は歯舞、色丹の「引き渡し」を認めながら、それを平和条約締結と結びつけ、歯舞、色丹の「引き渡し」で日ソ間の領土問題を終結させるという態度をとった。仮に「2島返還で平和条約」ということになれば、1956年の「日ソ共同宣言」当時のソ連側の主張への全面屈服となり、歴代日本政府の60年にわたる立場の自己否定となることを指摘しなければならない。
2、この60年間にわたって、日露領土問題が前進してこなかったのは、「国後、択捉は千島列島にあらず。だから返還せよ」という日本政府の主張が、歴史的事実にてらしても、国際法的にも、通用しない主張だったことにある。このことを正面から認め、領土交渉の方針の抜本的な再検討を行うことが必要である。
1951年に締結されたサンフランシスコ平和条約は、2条C項で「日本国は、千島列島……に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄する」と宣言している。日本政府は、この宣言を不動の前提として領土交渉を進めるために、「国後、択捉は千島列島にあらず。だから返還せよ」という主張をしてきた。
この主張は、得撫以北の北千島を最初から領土要求の対象にしないという根本問題にくわえて、国後、択捉の南千島についての返還の主張としても、国際法的にまったく根拠のないものである。
――1951年のサンフランシスコ会議で、日本側全権の吉田茂首相は、演説のなかで、択捉、国後の両島を「千島南部の二島」と呼び、得撫などについても「得撫以北の北千島諸島」と呼んで、その全体を「千島列島」とみる立場を、明確に表明している。アメリカ側全権のダレス国務長官の演説にも「千島列島」に触れた箇所があるが、明らかに南北千島の全体を含むものとして、この言葉を使っていた。
――サンフランシスコ平和条約を批准した日本の1951年の国会では、「(サンフランシスコ)条約にある千島列島の範囲については、北千島と南千島の両者を含むと考えております」(西村熊雄条約局長)という見解が、日本政府の公式見解として繰り返し表明されている。
――「国後、択捉は千島列島にあらず」という主張は、アメリカの入れ知恵で、1955年になって突然開始されたものだった。日本政府は、1955年に米英仏三カ国に対して、〝サンフランシスコ平和条約でいう「千島列島」とは、国後、択捉両島を含まないものと理解していたか〟という「質問」を出したが、アメリカの回答は「日本が択捉、国後を千島列島の一部でないという理由で日本に返還するよう、ソ連を説くことになんら反対するものではない」というものであり、イギリスの回答は「米国の見解に同意を表明しえない」、フランスの回答は「サンフランシスコ会議議事録は、千島の範囲に関し言及している。特に日本代表が国後、択捉を南千島として言及していることに注意を喚起する」というものだった。条約締結の国際会議および批准した国会で表明した見解を、後になって覆す主張をおこなっても、世界に通用するものではない。
「国後、択捉は千島列島にあらず。だから返還せよ」という主張が破たんしたことは、60年間の日露領土交渉の全体が証明している。この事実を直視し、日本政府として大胆に領土交渉の方針の再検討を行うことが求められている。
3、日露領土問題の根本は、「領土不拡大」という第2次世界大戦の戦後処理の大原則を踏みにじって、「ヤルタ協定」で「千島列島の引き渡し」を決め、それに拘束されてサンフランシスコ平和条約で「千島列島の放棄」を宣言したことにある。この戦後処理の不公正にいまこそ正面からメスを入れるべきである。この戦後処理における不公正を、「領土不拡大」という国際的な道理にたちもどって是正する
第2次世界大戦のさい、連合国は、「領土不拡大」を戦後処理の大原則にすることを、繰り返し宣言している。対日戦の戦後処理についても、連合国は、1943年の「カイロ宣言」で、「同盟国は自国のために利得も求めず、また領土拡張の念も有しない」こと、日本は「暴力及び強欲により日本国の略取したる……一切の地域から駆逐される」ことを宣言している。これは、「領土不拡大」という国際的な民主主義の道理に合致したものだった。
1945年のヤルタ会談で、ソ連のスターリンが、対日参戦の条件として、「千島列島の引き渡し」を要求し、その要求に米英側が応じ、「ヤルタ協定」に書き込まれたことは、「領土不拡大」という戦後処理の大原則に明白に違反する不公正なものだった。さらに、1951年のサンフランシスコ平和条約のさい、アメリカの要求で「千島列島の放棄」の条項が入れられたことは、「ヤルタ協定」の不公正の延長線上にたったものであり、これも「領土不拡大」という大原則に背く不公正なものだった。
日露領土問題を解決する中心点は、戦後処理におけるこの不公正を、「領土不拡大」という国際的な道理にたちもどって是正することにある。
「ヤルタ協定」「サ条約」の不公正に目をつぶり続ける姿勢を根本から改めよ
日本政府は、「千島列島」「国後、択捉」について、「カイロ宣言」が言う「暴力及び貪欲により略取」された地域に当たらないと主張している。そうであるなら、なぜサンフランシスコ平和条約で、日本は「千島列島の放棄」をしたのか。それは「カイロ宣言」の「領土不拡大」の大原則に反するものではないのか。この大問題について、日本政府から納得のいく説明は、この60年間にわたって一度も行われていない。
日本政府は、「ヤルタ協定」における「千島列島の引き渡し」について、「領土問題の最終的処理につき決定したものでなく、領土を移転するようないかなる法律的効果を持つものでない。日本はこの協定に拘束されるものではない」と、「ヤルタ協定」の法的効果は否定している。しかし、この協定が「領土不拡大」という戦後処理の大原則に反する不公正な取り決めだったことを批判したことは一度もない。
日本政府は、「ヤルタ協定」およびサンフランシスコ平和条約において、「領土不拡大」という戦後処理の大原則に反する不公正が行われたことに、目をつぶり続けるという姿勢を根本的に改め、国際的な民主主義の道理に立って、この不公正に正面からメスを入れるという姿勢に転換すべきである。
「サ条約」の千島関連条項を廃棄・無効化し、千島列島全面返還の交渉を
「領土不拡大」の原則にたつ以上、日露両国が戦争などの手段に訴えることなしに国境を画定しあった平和的な領土交渉の到達点を、日露両国間の国境画定の土台に据えることは、当然のことである。すなわち、1855年の日魯通好条約、1875年の樺太・千島交換条約の結果、全千島列島が日本の歴史的領土となった。日露領土交渉にあたっては、この到達点を土台に据えるべきである。
日本政府は、「ヤルタ協定」の「千島列島の引き渡し」、それに拘束されたサンフランシスコ平和条約での「千島列島の放棄」は、「領土不拡大」という第2次世界大戦の戦後処理の大原則に背く不公正なものだったことを正面から認めるべきである。サンフランシスコ平和条約の千島関連条項を廃棄・無効化し、千島返還を要求する国際法上の立場を確立して、千島列島の全面返還を内容とする平和条約締結の交渉を行うべきである。この立場の交渉を行ってこそ、国後、択捉の返還の道も開けてくる。
いったん結んだ条約を廃棄・無効化することは、決して不可能ではない。サンフランシスコ平和条約についても、第3条は、沖縄に対する日本の主権を否定しており、廃棄の手続きはとられていないが、この条約の壁を超えて、沖縄の本土復帰は現実のものとなっている。いったん結んだ条約であっても、そのなかに国際的な民主主義の道理にてらして問題点があれば、それを是正することはできるのである。
スターリンが、第2次世界大戦の時期におこなった覇権主義的な領土拡張のうち、バルト3国の併合、ポーランドの一部地域の併合など、ほとんどがすでに解決をみている。スターリンが進めた不当な領土拡大で、当事国が是正を求めているにもかかわらず今日まで残されているのは、千島列島だけである。
日本政府が、戦後処理の不公正を正すという立場に立つことこそ、回り道のように見えても日露領土問題を解決する唯一の道であること、それこそが「日ソ共同宣言」から60周年の歴史の教訓であることを強調したい。
(資料──当時の発言)
●サンフランシスコ会議での吉田茂・日本政府代表の発言(1951年9月7日の全体会議)
「日本開国の当時、千島南部の二島、択捉、国後両島が日本領であることについては、帝政ロシアもなんらの異議を挿(は)さまなかったのであります。ただ得撫以北の北千島諸島と樺太南部は、当時日露両国人の混在の地でありました。…平和的な外交交渉を通じて樺太南部は露領とし、その代償として北千島諸島は日本領とすることに話し合いをつけたのであります」
●サンフランシスコ条約の批准国会での外務省・西村熊雄条約局長の答弁(51年10~11月)
「条約にある千島列島の範囲については、北千島と南千島の両者を含むと考えております」「この千島列島の中には、歯舞、色丹はこれは全然含まれない。併し(しかし)国後、択捉という一連のそれから以北の島は、得撫・アイランド、クリル・アイランドとして全体を見ていくべきものではないか」 |
ディスカッション
コメント一覧
領土問題は非常に難しい問題でロシアが素直に2島返還をするとは思えない。よほどの見返りがないと・・
あまり仲良くしたくない国だし、まあ~なぁ~
今更、北方領土返還されてもなぁ~単なる政治の道具。もう一つ、千島列島全島返還はあり得ない。そりゃ~戦争して奪い取るぐらいでないと無理・・・非現実的もいいところ。もし千島列島全島が日本の領土になったら、ロシアがウラジオストックから太平洋に出れなくなっちゃうじゃん・・・そりゃ~・・・・甘すぎる。
トリノさん。
まず道理がどこにあるかです。スターリン時代の領土拡張政策は、全世界ですべて決着がついて、元に戻っているのに、日本だけがスターリンの領土拡張政策に屈服しているということです。
このテーマは、東芝さんの理論に賛成だし
トリノさんのレスは現実的に納得します。
難しい問題ですよね。
でも原油価格とロシア経済の悪化で
タイミングだけはイイんですけどねー。
道理や原理原則は、国際政治の世界で意味がない。東芝さんの北方領土の歴史は、学校で習う内容で特別どうというものではない。
北方領土2島返還は、ロシアとの平和条約締結をして経済交流を発展させるというもので、落としどころが2島返還。共産党のような原理を展開してロシアとの関係をそのままにするか?
そういうのは、非常に高度な判断が必要であり一般国民では知りえない情報があるので判断できない。
道理がどうというのではなく、ロシアと仲良くするかどうかという問題。
例えば、田中角栄と周恩来との日中国交正常化交渉。歴史的交渉で、お互い原理原則を言い合って、最後の最後に中国と日本が落としどころで合意。
外交というのはそういうものです。ロシアとの平和条約をやるのか?やらないのか?
それが北方領土2島返還なのです。それ以上でもそれ以下でもない。
トリノさんは、尖閣諸島と竹島も千島列島問題と同じような考え方なのですか。
尖閣諸島と竹島と千島列島問題、相手国と意味合いは違いますが、領土問題は世界各国にあり、同じようなものです。
まれに話し合いで解決することがあるのかな?僕の記憶では解決したところはしらないですが・・・・・。
ロシアというかソ連も相当悪いことやったので、それなりの日本国民にそれなりのけじめを示さないと平和条約締結とはならない。その落としどころを2島返還としてるのでしょう。ただいまさら北方領土返還されてもなぁ~それが4島であっても困るのは日本の方です。石油でも湧いて出る島なら別だけど・・・いらないと思うけどあんな寒いところ。
で・・・東芝さんはロシアとの平和条約賛成?反対?・・・それがあって北方領土を考えるのが、国際政治というものだと思いますが・・・北方領土の道理を語っても意味がないというか、道理を語るということはロシアとの平和条約反対ということです。
記事に中央委員会の政策を貼り付けました。平和条約は結ばず中間的な条約を結び、領土問題の交渉を続けるべきだということです。これがぼくの意見でもあります。
歯舞・色丹は、じつは1950年代の時にもソ連から返還するという話があり、その時に日本側から国後、択捉も返せという要求を出して、話がご破算になった経緯があります。
歯舞・色丹は、北海道にくっついた島です。椎名誠さんが書いていましたが、野ぐそ(失礼)をしていたら、ロシアの監視員に双眼鏡でしっかり見られたそうです。それぐらい非常に近い距離にあるようです。この2つの島の返還は、ただちに行うべきだというのがずっと掲げている政策ですね。
>平和条約は結ばず中間的な条約を結び、領土問題の交渉を続けるべきだということです。
格好のいい内容に見えますが、実は中身がない。「中間的な条約」はて?それは何でしょうか?
そもそも70年前にソ連が「不可侵条約」を破棄して日本に宣戦布告をしたままの状態です。講和会議に参加せずのままなので、状態としては一応ロシアと日本は戦争状態のまま。
中間的な条約????・・・はて?まさか休戦協定を結ぶの?
平和条約を結ぶかどうかですよ。第2次大戦の未処理問題ロシアとの関係をどうするかということです。領土問題が主眼ではない。ロシアとの関係をどうするかです。
中間的・・・平和条約・・・・はてさて・・・領土問題を主にかっこいい主張ですが、中身がない。
平和条約を結んだら領土問題は終わります。歯舞色丹だけでおしまいになります。
平和条約を結んだら領土問題は終わりですよ。一応ね。ただ、どこかで妥協しないといつまでも終わらない。
それと、「中間的な条約」なる訳の分からないものは、何なのか聞いたのですが・・・?
こういう点が、日本共産党の政治的センスのなさを表している。領土問題を盾に、如何にも正しいような主張をするが、大事な要素が抜けている。
まあ、中国・韓国・北朝鮮・台湾・フィリピン・ロシア・アメリカのバランスを考慮して、ロシアとの平和条約が、日本にプラスか?マイナスか?
そういう視点に立った政治がなぁ~・・・まあ~日本共産党には無理言っても無駄ですが、せめて政権を本気で取るつもりなら、その程度の感覚は持ってほしい。
平和条約が戦後処理の最終的な条約だとすれば、友好条約のようなものが中間的な条約になると思われます。
>平和条約が戦後処理の最終的な条約だとすれば、友好条約のようなものが中間的な条約
そんなのでロシアと話がうまくいくわけないでしょう・・・笑。
領土問題をというのは、話し合いですべて解決することはまずない。解決したければ武力行使しかない。
領土問題を解決するのか?ロシアとの平和条約締結で経済的交流を深めるのか?
その・・・見識が違います。
領土問題は、簡単です。返還だけをひたすら主張すればいいだけ。韓国の従軍慰安婦みたいなものです。単に主張するだけ。
ロシアとの平和条約締結はちがう。
中国・韓国・北朝鮮・台湾・フィリピン・ロシア・アメリカのバランスを考慮して、ロシアとの平和条約が、日本にプラスか?マイナスか?高度な政治的判断が必要。
領土問題解決は話し合いなんかで解決するわけないので、その点は割り切って考える。
で・・・日本共産党の主張は、単純なもの。・・・単純すぎるので政治というより、市民運動レベルです。
ただ、もし日本共産党が、「中国・韓国・北朝鮮・台湾・フィリピン・ロシア・アメリカのバランスを考慮して」ロシアとの平和条約締結は好ましくないので、領土問題を盾に平和条約締結しない理由にするのなら・・・立派な政治です。
「全千島列島は日本の領土」という主張は、政治的主張なのか?本当に話し合いで解決できると思っているのかで、「政治家」なのか?「単なるバカ」なのか?の分かれ目ですよ。
トリノさん。戦後の政治を学ぶ必要はありませんか。第二次世界大戦後、領土問題がすべて武力衝突を通じて解決している訳ではないでしょう。植民地独立の歴史をどう説明するのですか。お答えください。
第二次世界大戦後の植民地独立と北方領土は別物です。現在の北方領土にはロシア人が入植しており、日本人はほとんどいません。
まあ~領土問題に固執してもいいけど、それではいつまでたっても前に進まない。
もう一つ、ロシアが歯舞・色丹2島返還というのも、ロシアとしては非常に思い切った決断です。ロシアというのは広大な領土を保有しますが、歴史的に拡張政策をした歴史を持ちます。その国が一旦手に入れた領土を返還するというのはなかなか・・・例のないことです。ロシアの領土問題は日本とだけじゃなく、いっぱいあるのよ。中国や欧州とね。
日本に返還となると、他国も・・・ということになるので、ロシアはなかなかそんなことしないと思いますよ。
トリノさんは、ソ連と日本の領土交渉の歴史を具体的には知らないようですね。
ずっと、拝見しています。
非常に勉強になりますので
続けてくださいね。
ソ連と日本の領土交渉の歴史というか、東芝さんのこのトピックスには「ソ連と日本の領土交渉」の重要な事項が抜けている。そtれはシベリア抑留です。
つまり日本人が数十万人人質のように抑留されており、日本としては何としても早期に帰国させたいという意思があった。当時の交渉はその上での交渉です。
どうしてその重要事項が抜けるの?
一言もシベリア抑留に触れていない。それは・・・・・なぁ~歴史を知らないの?
日本政府が日ソ交渉で突然持ちだした4島返還には根拠がありません。それまで日本政府は、国後・択捉島は千島列島の一部だとしていました。それなのに交渉の途中で国後・択捉島は千島列島の一部ではないと言いだしました。
千島列島には国後・択捉島が含まれているというのが、国際的な共通認識です。
サンフランシスコ平和条約で千島列島を放棄しているので、この平和条約を前提にすれば、返ってくるのは歯舞群島・色丹島(以下歯舞・色丹)だけになります。ただしソ連は、サンフランシスコ平和条約に調印していないので、現在、千島列島と歯舞・色丹は、ロシアが実効支配を行っている状態です。中国は、日本の領土をロシアが実効支配しているという見解をとっています。
ロシアは、1956年の日ソ共同宣言のときに歯舞・色丹を返還し平和条約を結ぶと主張しましたが、歯舞・色丹の返還だけを実現して平和条約を結ぶというのは、ソ連時代の要求に全面的に屈服するものです。
当時の交渉の中には、トリノさんが指摘するようにシベリア抑留問題がありました。しかし、このことを今日の状況のもとで問題にするのであれば、千島列島と歯舞・色丹で生活していた日本人が、ソ連占領によって、島から追放された歴史を問題にする必要があります。1945年8月15日が過ぎた8月18日以降攻撃を開始し、侵略してきた。その時の状況は次のとおりです。
「択捉島以南(南千島)の占領は、8月28日に樺太制圧が終了した第一極東軍を転用した。南千島占領部隊は8月26日に大泊を出航し8月29日に択捉島を占領、9月1日に国後島と色丹島に上陸し、9月2日に日本が正式に降伏する間も軍を進めたが、両島の制圧には9月4日まで費やした。9月5日に歯舞群島を占領して一連の計画は完了した」(ウキペディア、千島列島より)
当時、千島列島と歯舞・色丹に住んでいた日本人は、1万7000人という記述があります。日本兵も数多く駐留していました。このことについては、次のような指摘があります。
「ソ連占領地域は北海道本島との交通を遮断され、千島列島住民は本土への帰還ができなくなり、駐屯していた日本軍は武装解除の上、スターリンの指示でシベリアの収容所に連行された(シベリア抑留)。また、ソ連は占領地にロシア人を送り込み、日本住民の個人資産を次々に接収していった。アイヌを含む千島住民の一部は残留の強い働きかけを受けたものの、1947年(昭和22年)にほぼ全員が本土へ引き揚げることとなった。朝鮮籍の住民は日本引き揚げを認められず、彼らと結婚したものなど一部残留を希望する日本人は引き揚げなかった」(ウキペディア、千島列島より)
千島列島は、豊富な海の幸に恵まれています。1945年8月15日以降、日本が降伏している状態の元で侵略して奪い取った千島列島と歯舞・色丹の問題は、正統に要求して解決すべき問題だと思います。
僕のシベリア抑留というのは満州の日本人を含めたことであり、数十万人の日本人のことです。千島だけではありません。
それと、歴史の話をしているのではなく政治の話をしているのです。
政治というのは、最終的に「大を助けて、小を切る」決断のことです。千島列島が本来どこの領土か?ということを考えても意味がありません。
現在の課題は、「ロシアと一層の交流を深めるかどうか?」という大きな課題に対して、北方領土の小さな領土問題をどう処理するか?ということです。
主題なる「ロシアとの関係」をどうするかによって、付録の「北方領土の対応」が決まるのです。
日本共産党は付録の「北方領土の対応」について一生懸命語っていますが、政治としてはピンボケです。たとえ千島列島すべてが返還されても日本にとってはたいした国益になりません。大きな国益になるかどうかは、「ロシアとの関係」です。
そういうのを考慮して「ロシアと仲良くすべきでない」という結論から、千島列島返還を主張して交渉を決裂させるのは、一つの政治だと思いますが、単に千島列島返還だけを主張するのは政治ではありません。単なる市民運動にすぎません。
それと歴史にこだわるようですが、歴史は単なる過去の軌跡にすぎない。当然知っていなければいけない内容はありますが、それにこだわりいすぎると未来に向けた道を誤るものです。
トリノさんの説は、他の人も唱えています。歯舞・色丹だけ返ればそれでいい、あとは経済優先だ。ということですね。一番極端な話では、何も返ってこなくてもいいので経済優先でいこうというのもあります。
果たしてそれが、本当の意味で経済的にもいいのかどうか。
原発再稼働の時も経済優先でしたね。
それと、歴史に対して一貫してトリノさんの持論を展開なされていますが、歴史学に対するトリノさんの論調は、いったいどこからくるのか。トリノさんのまったくの個人的な見解なのか。何かから学んだものなのか。教えてください。
歴史に対するトリノさんの全く新しい説なのかどうか。という点です。
>歯舞・色丹だけ返ればそれでいい、あとは経済優先だ。
と僕は主張していません。勘違いないように・・・
日本共産党の北方領土に関する言い分をロシアとの交渉で展開すれば、当然交渉が成立するわけがなく、平和条約締結できずに経済交流も発展しません。
そのことが、悪いとは言っていない。一つの外交としての選択だと思います。
ただ、それは、「ロシアとの関係改善するべきでない」という総合判断の上で、その北方領土問題を展開するというのなら政治としていいですが、単なる領土問題の正論だけの論理なら政治ではなく、市民活動家レベルの低い認識だと言っているのです。
それと僕はロシアが嫌いなので、ロシアとはあまり仲良くすべきではないと思います。僕が政治家なら北方4島返還を主張して平和条約締結をしない方を支持します。ちなみにロシアが嫌いというのは簡単に書いただけで、いろいろな理由は省略しました。
まあ~安倍首相ならロシアとの関係を目指すかも、ただそれが正解とは思わない。安倍首相の政治家としてのレベルは低い。この手の政治家は信念と見識に欠けるタイプであり、後世に評価されないと思います。
日本共産党はどこまで考えて、その北方領土の論理を展開しているのかが‥問題。どうみても安倍首相よりレベルが低いように感じますが・・・笑。
歴史については個人的見解です。当然歴史の本も読む。
だだ・・・誰だったかな・・・近世か中世か・・・というような教科書の内容のような大した問題じゃない点を指摘した人いてたでしょう?あの方のような感覚で歴史を見ていません。
個人的意見ですが・・・・
ロシアとの経済関係も大事ですが「領土」という
ある種お金ではないアイデンティティーのようなものを
「現時点」の判断で未来永劫返還されないような
決断をしていいのか?
と言うような個人的責任を負いたくないような
小さな理由ってのは無いんですかね?
歴史の汚点に自分の名を残したくないみたいな。
素人には、そんな事もあるんかな?
なんて思えてしまいます、
ワタナベさんの意見はもっともだと思います。
ワタナベさん
ロシアとの経済関係を進めるかどうか?という問題は高度なレベルの問題であり、
一般人が知りえない情報を持った人が判断するしかありません。
それと、平和条約締結したから領土が確定?・・・それは歴史を知らないと言いたい。
そもそも条約というのは平時の時のみ有効であり、紛争が起これば破棄されるものです。70年前に日ソ不可侵条約は、日本が敗戦となるとソ連は平気でその条約を破棄して攻め込んできた。そんなものですよ。
国際状況は刻々と変化します。それに合わせて日本の立ち位置を変える必要があり、その判断というか決断をするのが政治家の役目です。そのため政治家は高い見識を求められる。
「日本共産党のような北方領土の歴史がこうだから、その歴史の正しい方向を目指す。」
そんな主張は何の意味があるの?と言いたい。歴史を考えるのか?政治を考えるのか?
今回の北方領土問題は、ロシアは欧州でクリミア半島の問題で嫌われているので、極東で日本にアプロローチしたのが始まりだと思います。ここからが経済の情報が必要なんだっけど、ロシアは資源を売って外貨を稼いでいた。でもクリミア併合でEUがウクライナを支持しているから、ロシアからの資源購入を絞った。それに原油価格の下落でロシアの経済は苦しくなっている。だから、日本に交渉し始めているのです。ロシアは天然ガスを日本に売りたい。でもいくら天然ガスがあってもそれを開発する力はロシアにない。‥そういう事情があるから、日本に甘い言葉でささやいているのです。
まあ、日本としてもロシアから天然ガスを買うのは、悪い話じゃないし・・・原発が思うように稼働しないので、天然ガスでの発電考える。
まあ・・・歴史というより経済的情報を持たないと、今回のロシアとの関係は語れない。
トリノさん、
出張で返事遅くなりました。
経済と領土については、私もロシアと経済協力関係を強化する
絶好のチャンスだと思います。
私が思うのは政治家も人の子で2島返還に応じたら
「腰抜け」と言われるのが嫌な国家議員も多いんだろなーと
茶の間な感覚の意見です。