日本国憲法どおりの国ができたら
日本共産党は、日本国憲法どおりの国を作ること=日本改革だと考えている。日本国憲法どおりの国をつくることは、憲法制定時当然のことだった。しかし、この努力はほとんどなされなかった。それでも日本国憲法は、国民の力によって生きてきた。日本国憲法の生命力は、憲法を守りこの憲法を暮らしの中に生かそうとした人々によって貫かれてきた。日本国憲法どおりの国はできていないが、憲法は大きな布を縫い合わせる赤い糸のように、人々の手によって縫い付けられてさまざまな模様を生み出してきた。
国民が、困り果てたときに拠り所となってきた憲法は、国民の権利を守る力を発揮して、さまざまな諸制度の土台として機能してきた。
憲法は、さまざまな分野でひどく蹂躙されてきたが、それでも憲法は現実の世の中で、国民によって支持され生命力を発揮してきた。
これが憲法と国民との関係だった。国家権力と憲法の関係は、憲法を蹂躙したい権力とのせめぎ合いだった。憲法は、国家の手を縛るものとして、国家権力の前に立ちはだかって来た。国会では、憲法を踏みにじろうとする権力と守ろうとする政党による議論が繰り返されて来た。憲法に基づく国づくりは、実現していないが、国家権力をもってしても、国の根本原則をひっくり返すことは実現できていない。
このような力を持ってきた日本国憲法を国づくりの土台に据えて、憲法の原則を生かす国を作れば、日本は根本から生まれ変わる。日本国憲法はそれだけの先見性を持っている。日本が戦争に負けたときに、多くの都市が焦土と化し、食べ物がないような状況に陥ったときに、国民に希望の光を照らすよう何して日本国憲法は生まれた。しかもこの憲法は、アメリカ占領軍の力が働くもとで生み出されたとはいえ、帝国議会における国会議員の議論によって、しかも大日本帝国憲法(明治憲法)という前の憲法とほぼ同じ章立てのもとで、徹底的に民主的な世の中を作るために、大日本帝国憲法を徹底的に批判して生み出された。
明治憲法には、日本を戦争に導いただけの根拠が色濃く反映していた。戦争勢力の除去と日本の民主主義の復活を目標にして作られた現憲法は、憲法の中から戦争を引きおこすものを徹底的に排除し、国民の権利を高らかに宣言するものとなった。国民主権と基本的人権と恒久平和は、明治憲法を裏返して生まれたものだった。議会制民主主義と地方自治の精神も、明治憲法には存在しなかったが、現憲法はこの原則を鮮明にした。
新しい国を作るための原則を示した憲法が、全面的に実行されないで今日に至り、しかも著しく憲法に反する法律が積み重ねられてきた。日本社会は明らかに日本国憲法の精神を生かした国にはなっていない。国民主権を実現する政治的改革の旗に掲げられるのは、憲法どおりの国をつくろうということだろう。日本国憲法どおりの国がつくられたら、日本は見違えるような国に変わり始める。社会保障が予算の中心に座り、医療や介護で働く人々の賃金も保障される。そうなれば地域経済に大きな循環が生まれ、地方は再生される力を得る。田舎にも若者が増え、地域の産業が動き始める。この分野の改革だけでも、日本社会に与えるインパクトは大きい。
日本の教育の分野から競争がなくなり、大学に至るまで授業料が無料になり、学ぶことが生きる喜びになるような教育の転換が実現される。子どもに遊ぶ時間が生まれ、地域における子どもの生活が再生される。全国学力テストは廃止され、宿題もなくなり、学校教育は子どもの知的好奇心によって満たされ、学ぶ喜びによって学習が計画されるように変わる。学習時間も短くなる。教師に自由が与えられ、教材研究が盛んに行われるようになり、教師の仕事は子どもの成長によって喜びの溢れるものに生まれ変わる。フィンランドは、ここに書いたような教育改革によって、世界一の学力を獲得した。
教育に十分な予算が配分されるようになれば、学校の中に音楽の専門家や絵の専門家が先生として常駐するようになり、学校の中で給食がつくられ、調理員や栄養士、図書館司書やその他の学校にとって必要な教師以外の職種の人々も学校を構成する一員として雇用されるようになる。そのような学校は地域とも連携が図られ、地域住民にとっても大切な場所としてさらに発展する。
働く人々には、8時間労働制が徹底され、生産力の向上によってさらに労働時間の短縮が課題になる。働き方が大きく変わる。正社員が当たり前の社会が実現して、8時間働けば生活できる賃金が得られるようになり、働く人々は、8時間の睡眠と8時間の自由時間と8時間の労働を自分のものにする。そうなれば、人々は地域生活を取り戻すようになり、子どもの自由な時間の拡大と合わせて、地域に豊かな人間の自由な生活が戻ってくる。地域が豊かになれば、デンマークのように地域住民による電力会社の設立や地域内でのNPOなどさまざまな組織が作られるようになるだろう。学校からクラブ活動がなくなり、全ては地域に存在するというようになって、地域の中に実に豊かな文化やスポーツの仕組みが生まれ、そこで十分生活のできる指導者も育成されて行けば、日本の文化や芸術やスポーツは、今以上にもっと豊かな可能性を花開かせるようになる。
このような改革を実現するためには、全国一律の最低賃金が引き上げられるとともに、中小企業向けの予算が十二分に確保され、大企業によって振り回されている不平等な大企業と中小企業の経済関係は是正される。中小企業と大企業の関係が対等平等になるだけで、お金の流れは大きく変わる。それは働く者の賃金の上昇を促進する力にもなる。
高度に発達した資本主義社会は、第三次産業の発達に向かうが、第三次産業の発展を支えているのは消費であることは間違いない。労働者の賃金が上昇すれば、消費性向が高まり、経済が大きく回転するようになる。それは確実に内需拡大につながり、日本経済に好循環を生み出す。
そうなれば、日本国内による商品の循環も強まり、大企業の製品も国内で売れるようになり、経済循環は豊かになる。
職場における働く者の権利が守られ、労働組合が活性化され、資本から独立した労働組合運動が発展すれば、働く環境の改善も実現し、資本と労働者の関係も大きく改善される。大企業は、民主的な規制を受けるようになるが、新しい経済ルールのもとで、経済の好循環が生まれるので、結局は企業の業績を伸ばすことにつながっていく。新しいルールの確立が、経済の持続的発展を促進する力になる。利潤の追求という商品生産の本質は変わらないが、働く人々の権利が確立することによって、商品開発や商品生産にも、今以上に社会性が問われるようになるだろう。それは社会にとっては、社会をよくする力につながる。
日本国憲法が実現する未来を夢想したら、こういうことが次々に浮かんできた。こういうことを空想するのも面白い。









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