理念薄き世の中
「理念薄き世の中」という言葉が赤旗の書評欄にあった。政治の劣化が思い起こされた。答弁の中に強弁が増えている。強弁が生み出している日本語の劣化。ぼくたちは、国会中継を通じて強弁のことを知る。メディアは、この強弁を垂れ流して「おかしい」とは言わないし「可笑しい」とも言わない。理念薄き世の中は日々の政治に中から生まれてくる。
日本学術会議というのは、国立の科学アカデミー。90万人いると言われている科学者の中から210人の会員と2000人の連携会員が選出されている。任期は6年。3年ごとに半数が入れ替わる。再任は妨げられない。科学者の立場から政府の諮問に対する答申や提言を行っている。科学者の公式な代表機関。この機関に対し政府は諮問をほとんどしなくなっている。今回の菅首相の任命拒否は、戦後の学術会議の歴史始まって以来のことだった。日本学術会議に対するこの態度は、「理念薄き世の中」を象徴するような事件だ。強弁を重ね、科学者からの提言を軽視する方向に政治が動いているのではないか。
「理念薄き世の中」は、集団的自衛権行使容認の安保法制のときから一段と拍車がかかった。各政党から推薦された憲法学者の3人が、口を揃えて集団的自衛権の行使容認は憲法違反だと国会の公聴会で語ったときには衝撃が走った。このとき官房長官だった菅義偉さんは、憲法違反ではないという憲法学者はたくさんいると言ったが、具体的にたくさんの憲法学者の名前を挙げることはできなかった。忌々しい学者たちと菅さんが思ったかどうか。本音を聞いてみたい。
このときの事件と今回の事件はつながっているのではないだろうか。「理念薄き世の中」は、政治の世界から吐き出されている。これは、コロナ対策にも現れているのではないだろうか。









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