党規約を読み直した
日曜日の朝は朝5時過ぎに起き、2部だけ配達をして5時台から会議の報告準備をした。朝早く起きると、「赤旗」や「読売新聞」をじっくり読むこともできる。新聞を読んだあと、2000年以前の改訂前の党規約の前文と党員の権利・義務を読み直し、2000年改定の新しい(と言っても17年前)の党規約とを比較した。規約改定時の案を提案した中央委員会報告、討議を経て22回党大会で行った中央委員会報告、及びその結語も数日前に読んでいたので、そのことも頭に入れて、規約そのものを全部比較した。分かりやすくするために新旧対照表を自分で作成した(こういう場合、一番簡単に作れるのはKeynoteだ)。
党歴の長い人も多いので、新しいことよりも若い時代に学び身につけた古いことの方が記憶に残っている。会議の報告では、規約のことに触れようと思っていたので、この作業は重要だった。
日本共産党は、2000年の規約改定まで「日本の労働者階級の前衛政党であり、はたらく人びと、人民のいろいろな組織のなかでもっとも先進的な組織である。」と規定していた。さらにそれ以前の規約では「日本共産党は、日本の労働者階級の前衛部隊であり、労働者階級のいろいろな組織のなかで最高の階級的組織である」としていた。ぼくの記憶では、「労働者階級のいろいろな組織のなかで最高の階級的組織である」という規定が一番なじみが深い。最も前衛的な組織であり、最高の階級的組織という規定とともに、「決定にたいしては、少数は多数にしたがい、下級は上級にしたがい、積極的にこれを実行しなくてはならない」という規定、「党の規約は党活動と党生活の基準であり、すべての党員は規約を尊重し、これを軽視したり、無視したりしてはならない。党員は、全党の利益を個人の利益の上におき、だれでも党の上に個人をおいてはならない」という規定が規約の前文に書かれていた。これは、階級闘争をたたかう組織として、党の統一と団結が何よりも重要だった時代の規定だった。
しかし、この日本共産党が行っていた自己規定によって、日本共産党員は、党の決定を何よりも最優先し、上級機関の決定には無条件に従うということになっていた。この上級機関の決定に従うという体質は、現場で活動している党組織の自主的な活動を疎外する要因になってきた。難しい問題が起こると上級機関に指示を仰ぐという傾向は、党活動発展の弊害にさえなってきた。
それは、中央コンピューターによって、末端のコンピューターを全部管理するという傾向に似ている。ある時期からコンピューターはサーバーというメインコンピューターをもち、端末にも頭脳をもつネットワーク型に変わっていった。現場の自分の手元のあるコンピューターに頭脳があり、この頭脳を使って仕事をしながらも、サーバーとネットワークでつながって、情報を共有するという関係は、人間の組織の発展とも歩調が合っている。
日本共産党は、2000年の規約改定の時に、全ての党機関が下級は上級に従うという規定を廃止して、支部、地区委員会、県委員会、中央委員会が、その役割分担において、自治的に物事を責任をもって解決するというように発展させられた。党の議員団の活動の仕方もこの基本に基づいて変更された。それぞれの機関は、相談を受けたら指導と助言をおこなうという形になった。
上級機関の決定には無条件に従うというこの規定は、基本的にはなくなったということだ。今の党の中にある中央委員会、都道府県委員会、地区委員会、支部というのは、身分を示すものではない。したがって、相撲の番付のように一旦横綱になれば、降格はなく引退するということではなくて、中央委員会委員長であっても、年齢とともに他の役職に配置換えするということも起こっている。地区や都道府県の場合は、地区委員長、県常任委員をつとめた人が、地域に帰って支部長などを務めている例もある。
統一と団結は、今までと同じように重視しているが、物事を具体的に判断して解決しなければならないことの多くは、党の方針を参考にしつつ、自分の頭で考えて判断しなければならないことの方が、はるかに多い。支部が主役の党活動ということを共産党の方針として重視しているのは、この組織方針の帰結でもあるし、現実にすべての支部が、自分の頭で考えて自分たちで決めて行動することを実現しないと、本当の意味で党組織が関係する住民に対して責任を負うことにはならない。「職場、地域、学園などに、三人以上の党員がいるところでは、支部をつくる。支部は、党の基礎組織であり、それぞれの職場、地域、学園で党を代表して活動する」という規定が、支部のところにあるが、この職場、地域、学園などに作られる党支部が、党を代表して活動するということになる。すべての支部は、「日本共産党を代表して」という言葉を使った活動をしてもいいことになる。
日本共産党は、自己規定として前衛党という規定をやめ、民主集中制のあり方も、民主主義的な決定ということに比重を置くものに発展させた。時代の進展が、民主主義の発展を促し、個人の幸福の追求ができる時代に入ってきた中で、日本共産党そのものを大きく発展させるべきだという認識で作られたのが、2000年の党規約だった。日本共産党と労働組合、他の大衆団体組織、さらにその他のさまざまな組織と日本共産党との関係は、党内でも対等平等となった。党の指導性、党の優位性というような自己規定もなくなった。日本共産党は、対等平等に他の組織とつきあい、それぞれの組織が民主的に発展するよう貢献することを目的とする。これが現在の党のとっている態度になっている。
「党の上に個人を置いてはならない」という規定もなくなった。この規定は、党員の中で党活動を最優先せよという自覚的な規律の柱になっていた。しかし、どんな状況でも党活動最優先というのは、あり得ないと言っていい。しかし、これを守らなければならないという意識は、極めて戦闘的なものだったが、同時にそれは、社会的には異常とも思えるような状況をも引きおこしていた。
党員は、自らの幸福のために党活動を行い、自分の夢の実現と社会の変革を矛盾しないものとして捉えて活動していい時代になっている。個人の都合と党活動とがダブルブッキングする場合は、事情を話してどちらかを優先するということになる。組織活動よりも個人の都合を優先することも多いと思われる。
統一と団結を何よりも優先していた時代の党活動というのは、極めて先進的な党員像を党員に求めていた。今改めて読むと階級闘争をたたかう戦士としての日本共産党員のようなイメージが浮かんでくる。
現在の日本共産党は、こういう党員像を求めていない。党に入っていない人も党員も全て対等平等、党員でない人の考え方にも真剣に耳を傾け、率直に尊敬をして、いっしょに活動を行うというのが共産党員の姿だと思われる。日本共産党は、「党は、創立以来の「国民が主人公」の信条に立ち、つねに国民の切実な利益の実現と社会進歩の促進のためにたたかい、日本社会のなかで不屈の先進的な役割をはたすことを、自らの責務として自覚している」という組織である。不屈性と先進性(先見性)は、科学的社会主義という理論を基礎として行われる運動にほかならない。不屈性と先進性は、日本共産党がめざすものであって、実際の活動が不屈性と先進性を発揮しているかどうかは、党員の具体的な運動による。誠実に献身的に縁の下の力持ちとしてコツコツがんばる事を通じて、不屈性がにじみ出てくるような活動が必要だと思われる。不屈というものの根底には、理論的確信が必要になる。ものごとの本質をよくつかみ、その物事がどう動いているのかを分析し、さらにその物事の歴史と発展方向を見据えていけば、理論的確信とともに先進性(先見性)が備わってくる。こういう物事の分析と総合に力を与えてくれるのが、科学的会主義の哲学や経済学になる。
日本共産党は、他の政党や組織と比較して、引き算のように自らの優位性などを強調してきた。そういう引き算の評価の仕方ではなく、足し算やかけ算の評価の仕方をおこない、一致する要求で力を合わせることが大切になっているのではないだろうか。共産党員の誇りは、どれだけそれらの組織や運動が発展したか、共産党や共産党員がどれだけ貢献できたかによって図られると思われる。











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