1年を振り返って
2018年。みなさんはどんな1年だったでしょうか。町議選挙があり8回目の当選となりました。自分の人生の中で議員でなかった時代が30年、議員として生きた時代が28年となりました。今期の間に人生の半分以上を議員として過ごすことになります。
多くの人に支えられ生きてきた人生になりました。多くの人に関わり、多くの人の話を聞かせていただいて、一緒に生きる人生を選択しました。
「いつまで町議会議員をしているんや」
「上をめざせへんのか」
「町長になったらどうや」
いろいろな意見があります。
30歳の時に議員に立候補したのは、先輩議員が引退したからです。議員になりたくて議員になった訳ではありませんでした。日本共産党の議員は、なりたいと思ってなった人は皆無に近いと思います。日本共産党に入ったのは、政治家になるためではなく、世の中を良くしたいとか、自分の信じる道を歩きたいとかいうことだと思います。
ぼくは、誠実に生きる道が日本共産党員になることとイコールだったからです。18歳のぼくの選択は間違っていなかったと思っています。
人類の知識の総和としての科学的社会主義という理論に夢中になったというのもあります。大学には経済学を学びたいと思って通っていました。経済学を学ぶためには、哲学をまなばなければならないと思ったのは19歳の頃だと思います。以来学ぶことと生きることは重なってきました。
議員になって、哲学が議員活動に深くつながっていること、哲学から学んだことが議員の仕事に深く生きることが分かってきました。
一般質問の準備が面白いと感じ始めたのは、議員になってどれぐらい経ってからだったのでしょうか。準備する中で発見が数多くあり、その発見が質問の軸になり始めたのはいつの頃からでしょうか。質問の内容は、調べたことによって自然に組み立ちます。そういう風になったのはいつからでしょうか。どこかで量から質への転換が起こったのだと思います。
一般質問を通じて、現実が動いて、政策が実現していきます。もちろん、1回だけの質問で実現するケースもあれば、時間のかかるものもあります。
一つ一つの質問が、結節点になってきました。この変化を楽しんでいる自分があります。
今年の選挙は、自分としてはかなり不本意なものになりました。多くの有権者に会えなかったのが、極めて心残りでした。選挙が終わってから随分夢でうなされるみたいになりました。そういう思いも忙しさの中に流れていきました。目の前には、自分には大きすぎる課題と責任が立ちはだかっています。
日本共産党紀北地区委員会は、来年4月に紀の川選挙区の県議選挙と橋本市議選、九度山町議選をたたかいます。全ての選挙を勝ち抜きたいと思っています。その先に7月、参議院選挙があります。和歌山県でも野党統一候補を実現して、安倍内閣に終止符を打つたたかいへと繋げたいと思っています。
多国籍企業は、利益のためには人類の生存を脅かしてもかまわないというような存在になりつつあります。「我亡き後に洪水は来たれ」という資本の姿が露わになり、人類の生存に関わって、この言葉が重大な警告として、私たちの前に立ちはだかりつつあると思いはじめています。多国籍企業とは何か、どのような利益を追求しようとしているのかを把握したいと思いはじめています。
2019年の日本は、おそらく多くの人が思っている以上に重要な歴史の結節点になる年だと思われます。それは、平成から新しい元号への切り替えにあるのではなく、憲法を巡って起こると思われます。日本国憲法は、歴史の中で生み出された重要な憲法ですが、この憲法は未来からの贈り物でした。憲法の規定は、国民の運動によって、みずみずしい命を与えられてきましたが、しかし、まだ全面的に花開いてはいないと思います。
安倍内閣の憲法改正の策動を阻止した後に生まれるのは、憲法を暮らしの中に生かすという新しい道です。この道が真っ直ぐに伸びていくと、日本に新しい民主主義と個人の尊厳に貫かれた新しい時代が開かれると思います。この先に未来社会への展望も見えてくるでしょう。
来年はそういう年の始まりになるようにがんばりたいと思います。
新しい年が始まります。これからもよろしくお願いします。









ディスカッション
コメント一覧
まだ、コメントがありません