和歌山市の演説会
日本共産党の演説会が和歌山駅のすぐ隣のホテルグランヴィアで行われた。ホテルでの演説会なんて始めてだった。会場は大広間だったので、フラットだった。後の方に座ると前が見えにくかった。人の頭がよく見えた。
山下よしきさんのビデオメッセージが紹介された。ビデオで語るというのは面白い。山下さんは演説口調でお話をしていたが、トーク的にしてもいいだろうなと思った。統一候補になるふじいみきおさんからのメッセージが紹介された。市民連合の花田さんが、自分の体験を語り藤井さんの紹介と日本共産党への思いを語って党躍進への期待を述べられた。日本共産党が誠実に野党共闘をすすめてきた姿への信頼があった。
市田忠義さんの話は、ほぼ一年ぶりだった。日本共産党の希望を語る政策が、聞く人にどう伝わるのか、ぼくの斜め前に座っている人の頭を見ながら「感想が楽しみだな」と思った。財源をしっかり語ることの大切さをあらためて感じた。ここの部分で説得力をもつことが大事だと思った。
日本共産党のことをどう語るかは、大きなテーマだ。日本共産党は名前を変えた方がいいという意見は、まだまだ多い。共産党=中国と同じだと思っている人がいる。中国には、自由と民主主義という点で、極めて大きな問題がある。
「習近平の悪口を書いたらメールが届かない」
という事態は、日常的に個人のメールを全て監視するという仕組みによって生み出されている。天安門事件は正しかったということが、中国政府から聞こえてくる。30年経っても武力による学生弾圧が正当化される社会は異常な社会だ。
社会主義=自由と民主主義の否定、社会主義=独裁というイメージが強い。それは、社会主義を名乗った国が、ソ連にしても中国にしてもそういう国だからだ。
しかし、日本共産党が展望している社会主義は、資本主義の発展としての社会主義であり、資本主義は、その抱えている矛盾によって次の社会へと移行せざるを得ないということだ。次の未来社会は、自由と民主主義の発展の中にある。社会主義=自由と民主主義がさらに発展して、それを土台にして人間の個性や能力が花開く社会だと思っている。
日本共産党は、憲法13条の個人の尊厳の尊重を土台にして、自由と民主主義を発展させたいと願っている。労働の在り方も、未来社会では、職場の中のピラミッド型の管理形態ではなくなるだろうと思っている。働く場所で一人ひとりの人間が、主人公になるという仕組みは、ものすごく時間がかかるけれど、労働の中の位置の違いによって生じる人間関係の力を利用して組織されるのではないと思われる。
「命令」によって動くのではなく、自発的な意思による同意、合意によって仕事が組織されていく。ここまで到達するには、何世代もの努力が必要になる。ピラミッド型の職階を力にした運営が、新しい仕組みに取って代わるためには努力が必要だが、一人ひとりの人間を大切にする社会は、そういう仕組みを生み出すのだと思っている。
そのためには、労働時間の短縮が求められ、労働時間の短縮によって自由な時間が拡大し、その自由な時間の中で人間の能力が開花するような方向が考えられる。1日の内、人間は何時間働けばいいのか、というのは生産力の必要性からだけではなく、人間の在り方からも検討されるのではないかと思う。社会生活が機能するだけの必要な労働時間というのは、生産を支え、社会を支える労働時間よりも長いかも知れない。
日本政府が対応した結果、生み出されてきた現実が、日本を深刻に蝕んでいる。労働者の賃金が減少し、格差と貧困が拡大し、景気が国民にとっては一向によくならない。長時間労働は是正されず、子どもを産み育てる環境は悪化さえしている。大学の授業料は極めて高く、奨学金の負担は重い。大学を卒業したら300万円もの借金を背負わされ、返済に何十年もかかるという現実の中で、子育てが困難になっている。
ぼくたちの住む田舎は、第一次産業が目に見えて衰退し、生産力が低下して人口減少に歯止めがかからない。こういう日本をつくった根底には、アメリカへの追従と大企業の利益を最優先してきた政治にある。アメリカの利益を守り、日本社会のなかにある大企業の利益を守ってきた結果、日本全体が衰退し始めている。
日本共産党が語っている希望は、こういう日本の現実を具体的に転換して、労働者の賃金を引き上げ、社会保障の充実をはかり、教育の負担を減らそうとするものだ。国民の幸福を追求すれば日本社会はよくなるし、さらによりよい方向に発展する。「人類の進歩と調和」はもっと実現できる。財源は、消費税には頼らない。ここがいい。しかもこれがなければ転換もうまく行かない。日本共産党は、日本の衰退から抜本的に転換する政策を掲げて選挙をたたかおうとしている。
今日は、和歌山線に乗って和歌山駅に着いた。JRの現実とはなんだろうか。2両編成の青い電車は、線路の上でタップダンスを踊っていた。連結器のすぐ近くに座って見ていると連結のところに2枚の鉄板が重なっていた。この鉄板がやかましい。電車が走るたびに車両が浮いて、鉄板どおしがカスタネットのように音を出す。電車のタップダンスはいつか、車輪から外れて脱線するのではないかと思うような状況だ。もし、将来車輪が外れて脱線したら、それは安全に対して手を抜いてきたJRの責任であることは間違いない。しかし、和歌山線がこうなった最大の原因は、国鉄の分割民営化にある。赤字路線を抱えてどうして民間が経営しなければならないのか、という事態を生み出したのは中曽根内閣だった。
帰りの電車は、緑色とシルバーのオシャレな新型車両だった。揺れがまだ少ない。でも線路の悪さは新型車両にも負荷を掛けるので、傷むのが早いだろうなあと思った。窓が大きい。電車から見える田園風景はきれいだった。



