事実を探究する力と日本共産党

雑感

ぼくが日本共産党に入ったのは、高校を卒業した3月のことだった。党員になって嬉しかった。世の中には誠実に、ひたむきに生きている人々がいた。青春時代のピュアな精神を生き方の真ん中に据えて生きている人たちがいた。
しかも、そのような思いは、日々の現実の中で具体的に培われたものだった。世間の中で生きながら、ピュアな精神を見失わないためには、to fight という精神が必要だった。

ブレない共産党という姿勢の根本にあるのは、物事に対する真理の探究にあると思っている。真理という言葉には、理想主義的要素はない。真理とは、「確実な根拠によって本当であると認められたこと。ありのまま誤りなく認識されたことのあり方」(ウキペディア)だ。真理は事実の追求によって導き出される。共産党が最も大切にしてきたのは、物事の事実の探究だと思う。真理を探究しつつ物事を考える。だから何よりも大切なのは、根本的にことに通じることだった。

資本主義社会の下では、真理は党派性を帯びる。働く者=労働者階級の立場に立つことが、真理に近づくことにできる一つの条件だ。しかし、さらに真理に徹底的に忠実であることこそが、何よりも大切になる。

日本共産党の政策は、この精神を基本にして成り立っている。議員になって29年。自分の議員活動の中心的な考えにも、根本的にことに通じるという姿勢を最も大事にした。この精神は、学問の探究の基本と同じだった。事実の力、真理の力は大きい。複雑な入りくんだ現実の中にある発展の芽、変化する方向を見極めて、活動すると事態は切り開かれる。

日本共産党は、戦争反対と国民主権を唱えたが、その根本には、絶対主義的天皇制は、やがて国民主権の社会に移行するという確信があった。日本共産党のこの見通しは正しかった。
安保法制反対の運動は、個人の尊厳の尊重という憲法13条に光を当てた。自覚した個人が力を合わす。ここに歴史の発展の芽がみえた。この精神と野党共闘の発展は深く繋がっている。互いの違いを認めながら力を合わせるという数年間の経験は、憲法13条の精神を生かしたものだった。
日本共産党は、今回の参議院選挙でジェンダーフリーを提案した。人間の多様性を認め合った社会を作ろうという呼びかけも、憲法13条の具体化だった。

時代は進歩し発展する。人間の歴史は、大きな視点で見ると、自由と民主主義の拡大、発展にあった。階級社会が生まれ奴隷制、封建制、資本主義というように社会が進歩してきた。第二次世界大戦以後、国連によって宣言された世界人権宣言は、基本的人権の尊重が社会進歩の方向であることを体現した。人類はよりよい方向に発展する。日本共産党はそういう確信のもとで歴史を見ている。もちろん、進歩をさまたげる方向も強く存在する。歴史はこれらのせめぎ合いの中にある。

とことん国民の幸福の条件を広げるために。国民主権にもとづく政治を具体的に実現するために。日本共産党は、個人の尊厳の尊重と基本的人権の保障が恒久平和と不可分一体をなしていることを自覚している。
戦争のない平和な日本で国民主権を文字どおり実現するために、まず日本国憲法にもとづく国づくりを目指す。経済的な民主主義を憲法を基礎に実現すれば、自由と民主主義がさらに保障される未来が見えてくる。

安全と安心のためには、野党共闘の勝利と日本共産党の躍進が求められる。
比例は共産党へ。選挙区はふじいみきおさんへ。
国民の手で政治を変えよう。

雑感

Posted by 東芝 弘明