会議の記憶が鮮明に残る

雑感

考えてみれば、人生の半分を議員として過ごしてきたことになる。正確には、30歳の7月に議員となったので7月になると議員になって丸30年になる。それまでの人生は30年と5か月だった。議員になってからの30年は、自分の記憶にいろいろなことを鮮明に刻み込むような30年だった。もちろん、議員として経験してきたことのすべてを克明に覚えているということではない。しかし、神経を研ぎ澄まして、物事に集中して対応してきたこの30年間には、記憶が鮮明になって刻み込まれていることが多い。

最近は、会議の運営の仕方を研究しているので、一つ一つの会議で印象に残っているシーン、その時々のやりとりが極めて鮮明に記憶に刻み込まれている。会議の運営の仕方を研究していなかった時代と今とでは、印象への刻まれ方が全く違うようになった。研究したのはファシリテーション論だった。どのようにすれば、会議に参加している人が、生き生きするのか。どのようにすれば意見が深く交換されて、結論が導き出され、参加者が明るく元気になるのか。ぼくのテーマはここにあった。

学び始めたときは、手探りだった。生き物である会議の中に貫かれている法則性を言葉にしてそれを人に伝えるというのは、かなり難しい。本を読んでもよく分からないことも多かった。読みながらそんなことができるのかと思ったこともあった。一番印象に残っているのは、
「意見がたくさん出ました。それではみなさんでまとめて下さい」
というような運営の仕方だった。

このような発言を本当にできるのか。当初はなかなかできなかった。しかし、今はこういう発言を実際にしている。ファシリテーターである運営者が、会議の方向性を導くのではないということが、かなり鮮明に理解できるようになってきた。

会議をまとめるのは、会議参加者であり、会議をまとめるのは司会者ではない。司会者が強引に会議を運営するとその会議は死んでいく。いろいろな意見が出されて、提案されたことが否定されてもかまわない。新しい課題が見えてきて提案内容が変更されてもかまわない。むしろそうなった方がいい。そう思えるようになったのは、会議運営を真剣に考えて運営させてもらうようになってからだ。提案をして、この提案を理解してもらうように議論するのではない。提案はたたき台だ。厳密に言えば、一人で真剣に物事を考えても、見えないことが多い。参加者から知恵が出されて提案に多くのことが付け加わったり、考え方が変わったりすると議論が深まったということになる。

会議を通じて会議参加者は活性化するし、組織は発展するという確信は、研究すればするほど確信になった。人間の組織は、会議を通じて運営されている。もちろん会議で決めたことを実践するのは、会議と会議の間の人間の活動になる。しかし、その活動をどう捉えて前に進んでいくかは会議で決める。日本共産党が「明るく元気の出る支部会議」ということで、支部会議に着目して組織を活性化しようとしているのには、深い意味がある。

自分の考えを押し通すような会議は、組織全体を殺していく。最終的に決まったことを確認する際、きちんと議論が尽くされて、言いたいことが全部出された上で、こういうことでいいですか。何か意見はございませんか。ということにしないと不満が残る。それでも、会議参加者はいろいろなことを考えている。一番課題になるのは発言しない人が多く残っている会議だ。発言しない人は、胸の中に数多くの意見を持っている。会議で決まる方向性に対しても不満がある。一番いいのは全員に発言してもらって意思を確認することだ。しかし、すべての会議がそうなるとは限らない。重要なことを決める会議では、すべての人に発言してもらうことが大事だが、そのためには参加者の人数が問題にもなる。大人数の会議と少人数の会議では、会議の運営の仕方が大きく変わる。ここには、量から質への転化がある。

ここに今書いていることは、頭で理解する人は多いだろうが、実際の会議でここに書いていることを実践できる人はまだまだ少ない。会議の仕方を学ばなければ、運営の実際を体得するのは難しいと思っている。

楽しく元気の出る支部会議。これは、一筋縄ではいかない。司会進行役には一定のスキルが必要になる。自分でそのスキルを身につけて、会議が運営できるようにならないと自分の会議運営の課題さえ見えない。主観の強い人は気をつけた方がいい。自分の考えを押し通すような会議になっていないかどうか。そうなっていても気がつかない人がたくさんいる。とくにリーダーシップが必要だと思っている人は、会議方法に大きな誤りが含まれていることに気がつかない。自分は組織のまとめ役、組織にはリーダーシップが必要だと思っている人は、自分の考えを組織に押しつける。うまくいっている時期はこの方法は有効だ。しかし、リーダーの判断がいつも正しいと言うことは決してないし、リーダーシップが発揮される会議では、参加者がリーダーに従うようになる。これが最悪だ。会議参加者が自分の頭で物事を考えなくなると次第にその組織は死んでいく。

今の時代は、リーダーが組織全体を引っ張っていく時代ではない。リーダーに必要なのは、会議参加者の一人一人が主人公になって、自主的自発的に意見を出し、一人一人から知恵が出され、それが組織に生かされることが極めて重要である。一人一人の持っている力を引き出せるリーダーが求められている。この力はリーダーシップとは違う。

世の中は、個人の尊厳の尊重、個性が生かされる時代へと移行しつつある。この時代は、組織のあり方の変革が問われている。個人の尊厳の尊重と民主的な運営によって組織が活性化する時代。こういう時代が始まっている。

雑感

Posted by 東芝 弘明