新聞による政治の描き方
読売新聞を読んでいると、国政に関わる記事の中心に安倍内閣のことがあり、記事の主語が安倍総理や内閣になっていることに気がつく。新型コロナの記事は、政府から出来の悪い政策が出され、それに対して国民の要求が出され、野党が国会で追及して政策が修正されるという形が多い。30万円の給付から10万円の給付にいたる流れもそうだった。
個人事業主や会社に対する持続化給付金の流れもそうだった。学生に対する生活支援もそうだ。しかし、読売新聞の記事を読んでいると、事の経過がよく分からず、安倍総理が決断したら一面を飾るという形になる。読売新聞だけを見ていると、「コロナ対策は安倍さんのおかげ。安倍さんだから10万円がもらえるようになった」とか、「安倍さんがマスクを配ってくれるようになったので、街中でもマスクが買えるようになってきた」という見方が出てくる。
物事には経過がある。経過は物事の発展の流れを示している。この中で変化していくので、この変化を理解するためには、経過を押さえる必要がある。ことの経過をすっ飛ばして、結論だけを書いたら安倍総理や内閣がしてくれたように見えるけれど、それでは話が違ってくる。
こういう見方をしないと正確さを欠くことになるのは、かなり悲しい。
しかし、最近の国会論戦は、国会によって政策が発展している姿を国民に見せてくれている。政府と野党の論戦を通じて、国民向けの施策が実現していく。連休中も国会が開かれ、質疑がテレビを通じて放映された。野党がだらしない、野党に力がないという姿でない国会論戦が国民の前で展開している。
コロナ対策に必要なのは民主主義の充実と発展。それを感じる。








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