日本共産党は政党としても多様性の中の統一を目指す?

出来事,雑感

橋本で午前中会議があった。お昼に自宅に戻って、娘と昼食を食べ、銀行に寄ってから事務所に行った。午後は、訪問活動に行き、日本共産党に入っていただきたいというお話をした。

今回は入っていただけなかったが、日本共産党のためにということで、2万円もの募金をいただいた。印刷機のメンテナンスのために新たに7万円もの費用が発生したので、このような募金は本当にありがたい。

日本共産党は、ジェンダー平等を党として、積極的に推進する政党となって、物の見方考え方の根底に、人間の自由な生き方を据えるように変化したと思っている。人間の一人一人がもつ性的指向や性自認を自由に受け入れるという考え方は、人間として生きる自由、人間としての尊厳を根本において認めるということだろう。

以下、書くことは僕自身の考え方であって、日本共産党が語っていることではない。一人一人の生き方を決めるような人生論を党が持っている訳ではない。今から書くことは個人の見解だ。
僕の中には、今まで一つのものに対する真理は一つなんだから、こう生きるべきだというような考え方が根底にあった。しかし、人生経験の中でそこにはかなり広い幅があると考えるようになってきた。人間の反応の仕方は、人それぞれ、千差万別だろう。その多様な考え方、反応の仕方の中で一致点などを見出して力を合わせればいいのだと思っている。
しかし、ここからさらに考え方をより柔軟に変化させるべきだと思い始めている。
例えば、人間としてこう生きなければならないという考え方をもつことはある。もちろん、これらの考え方の中には、守るべきもの、貫くべきものはあるし、ことによっては自分としては絶対に譲れないというものもあるだろう。しかし、今までこうであるべきだと思っていたものの中には、思い込み、刷り込み、決めつけ等々、自分の人生の中で前提を疑うことなしに受け入れていることや、自分の体験と思索を通じて「これはこうだ」と考えてきたこともあるだろう。そういうことに対して、今一度立ち止まって、本当にそれがいいのか、それを正しいと思うのか、問い直しも必要になると思っている。

もちろん、日常の中で絶えず根本に立ち返って、全ての物事をそんなふうに考えることは不可能だし、実践的ではないと思われる。しかし、考えるべき機会が訪れたとき、考えるべき議論に向き合ったときには、物事の前提を疑って、もう一度考え直す中で、自分の考え方を批判することが問われるのだと思う。

組織の中には、知らず知らずのうちに服を着るように既製服的な考え方が培われていく。どの組織もそうだ。専門的に物事を追求して責任を負って動いている組織には、それぞれ既製服のような文化が出来上がる。議会しかり、自治体しかり、裁判所しかり、弁護士しかり、土建屋さんも大工さんも、商売人もみんなそれぞれ、一定の地域、一定の風土を土台に期制服的な考え方が根付いてくる。日本共産党にもそれは避けられない。
日本共産党のもつ文化と自民党という政党のもつ文化とはかなり違う。日本共産党のもつ文化の一つは、市井に生きるということだろう。経済的に力のない労働者を中心にして、組織が構成されているので、自ずから経済業界との関係が薄い。自民党の成り立ちの中心は、経済と政治の中心にある政党だから、活動の出発がそこから始まるという傾向がある。大都会の自民党の若手というのは、企業が人材を見出して、若い頃から政治家にするために育てるということもある。二世議員が多いから血筋というものが重要なのかもしれない。若手の育ち方にはいろいろなルートやパターンがあるだろうが、最初から経済界との太いつながりの中で人が育ってくるという傾向が強いのは間違いない。

この違いは大きいだろう。河井夫婦のような2000万円買収疑惑事件は、日本共産党には起こり得ない。それは選挙資金の集め方、組織の成り立ちが全く違うからだ。これは国民に一人一人に依拠する組織と経済界に依拠する組織の差だ。国民主権でいえば、国民一人一人に依拠しなければならないので、自民党が財界や企業に依拠して活動しているのには根本的な問題がある。自民党が夫婦に1億5000万円もの資金を渡して、選挙をしてくださいという発想自体が日本共産党の中にはない。そもそもこの資金が選挙費用であるならば、法定費用をはるかに超えている。

日本共産党が身にまとっている既製服のような文化の中には、ジェンダー平等という観点からしたら、再検討したり取り除いたりすべきものがあるだろう。日本共産党員と組織の関係も、多様な個性を根本的に認め合って、互いに尊重しながら作り上げていくという点では、多様性の中の統一という観点が大事になると思われる。

多くの組織がもつ既製服のような文化の中には、再検討すべきものがたくさんあるだろう。日本共産党も組織の一つだから、身にまとってきた既製服のような文化の中には、変えていくべきものが色々あるに違いない。それは、ジェンダー平等という考え方が党の中に根を張る中で必然的に生まれる変化であるかもしれない。
綱領と規約というルールのもとでの開かれた組織。将来、日本共産党は多様性の中の統一という新しい既製服を着るような政党になるかもしれない。

出来事,雑感

Posted by 東芝 弘明