あじさい橋開通式 2005年4月26日(火)
午前10時30分からあじさい橋の開通式がとりおこなわれた。あじさい橋は、役場の少し西の国道から総合文化会館前に通じる道とその道にかかる橋のことだ。都市計画道路の一部分であるこの橋は、1億円を超える建設予算が必要だった。都市計画決定したのが昭和32年というから、48年前に作られた計画で、まだ半分程度しかできていないことになる。
この計画がまだ生きていることに驚くべきなのか。
それとも48年経ってもまだ完成しない遅さに驚くべきなのか。
かつらぎ町の都市計画は、都市計画という名前に似つかわしくない。都市計画道路は、本来都市を造るために必要な計画でなければならない。したがって道は単に道路を建設して終わりというのではないはずだ。しかし、かつらぎ町の都市計画道路は、まさに道を造って終わりという代物で、よく国から「それがなぜ都市計画道路なんですか」という質問を受けたようだ。
ま、とにかく橋ができたことによって、総合文化会館に直接観光バスが入れるようになった。今から10年ほど前に、本会議で「シビックセンター(現総合文化会館)の最大の特徴は入っていく道がないということだ」と指摘させていただいた。
当時、文化会館は建設されたものの、入っていく道は、遠くに迂回路があるだけで、工事用の仮橋が唯一の進入路だった。結局町は、道ができないので、仮橋に必要な補強をおこなって永久橋に格上げして進入路としていった。しかし、この道では強度が確保できないので、観光バスは依然として迂回路を通ってしか入れなかった。
文化会館ができて10年が経過しようやく進入路が完成したことになる。ただし、国道の改修と信号の設置が残されている。また総合文化会館の前から東の数十メートルの区間の道が細く、大型車が通らないので、この道の完成も求められている。ようやく地権者との話し合いにも明るい兆しが見えてきて、展望が開けつつある。
開通式では、産業建設常任委員会の副委員長という位置にいるので、橋の橋脚にかけられていた布を引く(序幕)役割をおおせつかった。式典は1時間20分ほどかかった。写真は、始まるまえの橋を写したもの。テープカットの時に写真を撮るのを忘れてしまった。
午後は、民報の作成。ようやく表面が完成した。レーザープリンターはEPSON制のものだが、PSプリンターではないので、厳密に言えば網点処理ができないので綺麗に出力されない。
今日、苦労したのは、印字がギザギザして、滑らかな文字にならないことだった。原因が分からないので、パソコンの再起動、プリンタードライバの削除と再登録、プリンターの電源のOFFとONを繰り返した。
最終的に疑いをもったのは、カラーマネージメントだ。この機能をすべてOFFにすると赤色がくすんで見えたが、そのままの状態でプリントアウトをおこなった。これで印字が綺麗になった。PSプリンター以外のレーザープリンターで綺麗に印字しようと思えば、カラーマネージメントの機能をOFFにすべし、ということだ。一つ勉強になった。
7時25分に自宅に帰ると、娘が歯のコンテストの代表に1年生の中で選ばれたといってプリントを見せてくれた。1年生で代表になったのは娘だけだった。
そうだよね。毎日一生懸命歯磨きしていたもんね。
下の歯の真ん中が抜けて永久歯が生え始めているけれど、綺麗な歯並びで、がんばってるよね。
うん、えらかった。
「よかったね──」
と声をかけると嬉しそうに飛びついてきた。
福知山線の事故、背景には運転手へのプレッシャーがあったのかも知れない。駅でのオーバーランは、8メートルではなく40メートルもあった。運転手が車掌に頼み込んで、40メートルを8メートルに過小報告するよう頼んだらしい。JRは、虚偽の報告を発見できず、車掌の告白によって訂正した。これが理解できない。駅員がいれば、40メートルのオーバーランは、直ちに発覚したはず。駅員がオーバーランを発見できなかった理由は何だろう。
1分半の遅れを運転手が気にして、遅れを取り戻すためにスピードアップをはかった可能性がある。置き石は、脱線後だった可能性もあるらしい。4分前に通過した電車は、異常なく走ったので、置き石は4分間で置かれたことになる。置き石なんかなかったという目撃者がいたのでこれも考えにくいと思われる。
死者は78人になった。死者の中にまだ身元が分からない人が複数いるという話も悲しい。









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