12月議会が始まった 2005年12月8日(木)

かつらぎ町議会

太平洋戦争開始のこの日、かつらぎ町の12月議会が始まった。
町長は、冒頭のあいさつで、原稿から離れて自分の思いの丈を語った。その中で10月31日付で助役が退職したことにも触れた。
かつらぎ町は、9月末で、廃止していた収入役を復活させて、花園村元村長を収入役に迎え入れたが、それから1か月がたって助役が退職していた。
企画公室長が9月末で退職し、助役が10月末で退職したことによって、町長と町政運営を相談していた幹部2人がいなくなってしまった。
このお二人は、3町1村の合併からかつらぎ町が離脱するときに、一番心を砕き、町長に進言し、住民説明会では先頭に立って合併の説明をおこなってきた人だった。
かつらぎ町の前途には、先の見えない霧がかかっている。町当局の中心部分が、団結心を失って揺らいでいるように見える。
12月議会には、助役の選任の議案はない。かつらぎ町は、当面助役不在のままの運営にならざるをえない。
12時からお葬式があったので、10分間で食事を済ませ、自宅で喪服に着替えて会場に車を走らせた。葬儀が始まって30分以上たっていたので、参列者の焼香が終わりにさしかかっていた。
亡くなった方は、元議員さんの奥さん。リュウマチで苦しんだ末、亡くなってしまった。
写真を前にして手を合わせるとき、胸にこみ上げるものがあった。
さて。耐震偽装の事件が日本全国を揺るがせている。官から民へというスローガンの元で規制緩和が叫ばれ、1998年の建築基準法改悪で、建築確認・中間検査・完了検査が、民間の確認検査機関にも開放されるようになった。
この変化の中で何が起こったのか。昨日の「赤旗」は、3面で自治体職員の証言を紹介した。引用してみよう。

 「民間で行政と同じことをすれば、四倍の値段でやらなければ割が合わないが、四倍では申請する業者はいない。だからせめて二倍程度の値段になる。それじゃ商売にならないから、時間を二分の一にする。相手も行政に申請を出すより速いから二倍の値段でも納得してくれる」


この証言からいえば、建築確認の費用は、自治体が全面的におこなっていた時の方が安かったということになる。
自治体がおこなっていたことを民間でやれば、4倍のコストがかかるというところが面白い。
自治体の建築確認は、すべてのコストを申請手数料に転嫁していたわけではなかったということだろう。税金で、職員給与でまかなっていた部分があるということだ。
職員の配置人数を減らし、自治体の経費を削減して、いわゆる小さな「地方政府」を実現して、実ったのは安全軽視というとんでもない果実だった。
同じことをおこなえば、自治体が受け取っていた手数料の4倍の軽費が必要。これでは仕事にならないから軽費を2倍にして、自治体がおこなっていた時代の半分の時間で確認をおこなう。これが官から民への流れの中で実現したことだ。
費用は高くなったが時間が2分の1に短縮され、検査が手抜きになり、偽装があっても見抜けなくなった。申請が以前よりもはるかに通りやすくなった。
しかし、その結果、震度5強で倒壊する危険性のあるマンションができてしまった。これらのマンションは解体撤去、再建築ということになる。いま、国が打ち出している方法でいけば、住民は欠陥住宅のローンと新築されたマンションのローンを2重に払う問題を抱える。これでは展望が見えない。
「規制緩和の悪夢」──内橋克人さんの本の題名が頭に浮かぶ。
規制緩和の矛盾は、力の弱い個人、住民に転嫁される。小さな政府=大きな負担。耐震偽装問題は、官から民への流れが生み出した最悪の事例になりつつある。

かつらぎ町議会

Posted by 東芝 弘明