川鵜の猟がはじまっている 2006年4月25日(火)

出来事

「紀ノ川の堤防を歩いていると、オレンジのライフジャケットを着た男の人が3人川に入っていて、銃声らしき音が3発聞こえました。何にも聞いてなかったので危ないなと思いました。少し前に川鵜の猟のために猟友会が紀の川に入るという有線放送があったみたいですいが、それなんですか?」
こんな電話が入ったので9時過ぎに役場に行った。
産業観光課は、玄関から真っ直ぐ奥に入り、クランク状に廊下が曲がっているところをさらに奥に入ったところにある。多くの施設を抱えている産業観光課は、職員の出入りが激しく、出払っている場合も多い。
今日はまだ朝が早かったので、ほとんどの職員が自席に座って仕事をしていた。
課長の席に目をやると課長補佐のNさんが机の横に立って話をしているところだった。猟友会という単語が耳に入ってきた。
「川鵜の話ですね」
ぼくはそういって、2人の話に加わらせていただいた。
課長補佐のメモには、ぼくが住む折居の町内会長と真和自治区の区長の名前が記されていた。
紀ノ川漁協から被害届が正式に出されたのを受けて、かつらぎ町が川鵜の駆除を猟友会に委託、その結果、4月17日から5月16日の日程で、かつらぎ町内の紀ノ川の河川敷内において川鵜の猟をおこなうことになったらしい。この猟については、周知徹底のために有線(電話)放送とパトロールをおこなったという。有線放送の回数は、4月14、15、16日の3日の朝夕だった、パトロールによる周知徹底は、14日と17日の2日間だったという。
しかし。
有線(電話)放送は、どんどん電話の所有者が少なくなっているので、放送内容が多くの町民の耳には伝わらない。紀ノ川の堤防を歩いているといきなり身近なところで銃声が聞こえたら、ビックリするだろう。また実際に危険でもある。
紀ノ川の右岸の堤防は最近、舗装がおこなわれ歩きやすくなったので、散歩する人が多くなった。朝の早い時間帯は、かなり多くの人が歩いている。
温かくなってきたので、堤防から河原に下りる方も増えてくるので、猟がおこなわれていることをきちんと住民に伝える必要がある。
話を聞きながら、緊急に回覧板を回していただくようお願いし、笠田小学校にも川鵜の猟がおこなわれていることを連絡していただきたいとお願いした。
課長補佐は、猟友会会長に会いに行き対策を相談すると言った。
少し、産業観光課は住民への周知を安易に考えていたようだ。
九度山町長に岡本章氏が当選したので、前町長の時代におこなわれていた、理不尽ともいえるさまざまな運営姿勢に変化が起こる期待が生まれつつある。ワンマン町長だった前町長への批判が頂点に達した中での町長選挙だったようだ。多くの人々の予想を覆す選挙結果だった。
かつらぎ町議会でも重視して質疑をおこなってきた、九度山町内にある母子寮「わかくさ」についても、全面改築ではなく、一部改修による改善で対応できるよう検討していただきたいという要望書を出そうと準備を始めている。
行政は、連続性に特徴がある。従来の政治的な手法を引き継ぐのか引き継がないのか、分岐点はどこにあるのだろう。それは、現在進行形の事業も含め、流れを引き継げないものに対してはきっぱりとした態度を取って、事態を転換することだ。韓国の新大統領が、前大統領の犯した犯罪を告発したのは、政治の流れを変えるために必要な態度だった。
日本ではこういう事例は、まだまだ少ない。しかし、皆無ではない。
踏み絵のように、連続性のある事業は新町長に決断を求めてくる。前町長の歪んだ姿勢を引き継がないためには、住民世論に訴えながら、依拠しながら、新しい姿勢を打ち出す必要がある。そうしないと“志高くされど現実は厳しく、妥協への誘惑は甘く、その道は広く”ということになりかねない。
新九度山町長も、そういう意味で試練に直面するだろう。なかなか、現実はきびしい。
されど、おもしろい。
今日は、JR福知山線のあの事故からちょうど1年目に当たる日。JRの安全軽視の背景には、すさまじい合理化がある。人間を削り少人数化することによって、人間の命が軽んじられてきた。労働者の人権を踏みにじっていた日勤教育、国鉄の分割民営化の時におこなった余剰人員整理と合理化。労働者を人とも思わないで合理化してきた会社は、お客さんの安全第一という思想・原則まで合理化していった。その結果採用されていた方針が、「利益第1、安全第2」というスローガンだった。
あらためて亡くなった方々のご冥福をお祈りしたい。

出来事

Posted by 東芝 弘明