越川禮子さんの話を聞きながら
「ラジオ版 学問ノススメ Special Edition ’07」で越川禮子さんの(江戸しぐさ語りべの会主宰)話を聞いているといろんなことが浮かんできた。
越川さんは、江戸しぐさの唯一の語り部として講演や執筆をおこなっている方だ。しぐさという言葉は、仕草ではなく思草と書くのだという。江戸時代の商人のなかに根付いていたものの見方考え方、立ち居振る舞いをすべて称して「思草」だというようだ。
江戸の街は、地方からやってきた人間で溢れていたという。そういう街の中で、人間が快く生きていくためには、深い考え方にもとづいて、さまざまな所作に現れるような生き方をしていたのだという。
江戸しぐさについては、ウキペディアに次のような説明がある。
江戸しぐさ(えどしぐさ)は日本における江戸期の商人の生活哲学・商人道。しぐさは仕草ではなく思草と表記する。もともと商人(あきんど)しぐさ、繁盛しぐさといわれ多岐にわたる項目が口伝により受け継がれたという。現代の世相に鑑み江戸人の知恵を今に生かそうという観点から教育界・宗教界の一部で注目され始めている。商家に伝わる門外不出の未公開の処世術あるいは、倫理観、道徳律、約束事ともいうべきものであろうが、未公開かつ口伝であったことから正確たる文書は現存せず芝三光(しば・みつあきら)(本名=小林和雄)とその後継者により普及されてきた。
今日は、笠田婦人会主催の敬老会が笠田ふるさと交流館であったが、年配の方々の姿を見ていると、この江戸しぐさの話が浮かんできた。
これは、88歳の方が大正7年生まれで、太平洋戦争が始まったときには21歳だったこと、77歳の方は昭和6年生まれで、その時は、10歳だったという話が紹介されたことに触発されたものだった。
江戸時代から明治に入ってもこの江戸しぐさはそんなになくならなかったのではなかろうか。江戸しぐさに現れている相手を思いやる心、哲学は、戦前の日本の中のよい部分として残っていたのだと思う。向田邦子さんの小説などを読むと、あの時代の人間の心の優しさにふれる思いがする。
人に対する思いやり、振る舞い、考え方は、「往来しぐさ・傘かしげ、こぶし腰浮かせ、肩引き」などという言葉で紹介されている。こういうものを徹底的に破壊したのは、軍国主義と戦争なのではなかったか。
ぼくはそんな風に思う。
310万人の日本人が、戦場で、もしくは空襲で命を失った。夫や子どもを失った人々のなかには、家も焼かれた方々がたくさんいた。戦争が、世代の担い手をごっそりと破壊し、街を壊した中で連綿と受け継がれてきた歴史や文化も破壊されたのだ。
江戸しぐさは、外国との戦争がなかった江戸時代の中で、独自に発展してきたものであり、これらの根底には争いを避け、平和的に物事を解決していく考え方があるようだ。あいさつも年上からすすんでおこなおうという考え方には、それが貫かれている。
戦死や空襲によって、破壊された文化や伝統だが、破壊した責任は、無謀な戦争を遂行し、アジアに大東亜共栄圏をつくるとした日本の時の支配層に強く存在するだろう。
日本は、極めて特殊なことに、戦争遂行勢力が、徹底的な歴史の審判を受けずに、日本の政権の中枢を担ってきた。人間の生きることと死ぬことに直接関わってきた勢力が、この責任を追及されず、しかも自己弁護までかなり自由におこなえるようになってきたことの影響力は大きい。自己責任をとらなかった勢力に自己責任をふりまかれても、ナンセンスこの上ない。
これらの勢力は、戦後、政治の世界では、金権と腐敗をまき散らかし、罪に問われても開き直って責任をとらないという風潮をどんどん拡大再生産してきた。戦争を遂行することによって、国土と国民の命とくらしを破壊した勢力は、戦後は、国民のモラルを自分の手で破壊してきた。
戦犯政治、金権腐敗、対米従属──日本共産党は、自民党の政治にはこの3点の特徴があると喝破したことがある。この3つの傾向は、現在も何ら変わっていないと思う。この3つの政治を国民の中に浸透させてきた責任は重いと思う。
現在の政治の現状、モラルハザードが広く存在している現象、金権腐敗に対して、靖国派は、国家に対する忠誠心が薄れてきた結果、このような事態が生まれているのだという見方をしている。しかし、金権腐敗の問題で閣僚の責任が追及されても、一切責任をとらない首相の態度こそが、モラルハザードの元凶だろう。自分たちの責任をまったく棚に上げて、戦後民主主義を敵視するというのは、なんというねじ曲げだろうか。
戦前も、戦後も政権を担い続けてきた勢力には、日本を今のような国にしてきた大きな責任がある。閣僚の不正を暴けないで、かばい続ける安倍総理に国民の「規範」を語る資格はないだろう。
国家主義的な、軍国主義的な日本が「美しい国」だというのは、現実をまったく見ない大きな錯覚である。この錯覚にもとづいて、憲法を改正し、国民への統制を強めていくという発想は、ヒットラーが歩んだ道に重なっていくだろう。
明治以降、太平洋戦争終結までの77年間の歴史は、日本がロシアや中国、朝鮮、アジア諸国からオーストラリアまで侵略を繰り広げていた歴史でもある。日本古来の歴史と伝統をいうのであれば、アジアと仲良くしていった歴史と自国の文化を発展させてきた歴史こそが、本当の歴史と伝統だった。もちろん、内戦は数多く存在した。戦乱の時期はあったが、日本の歴史全体を見ると明治以降の歴史は、外国への侵略と戦争という点で極端に突出している。
戦前回帰とアメリカ軍との共同作戦による戦争遂行国家作りが、靖国派の戦略になっている。しかし、日本の歴意思と文化、伝統を本当に守るというのであれば、外交面では平和的な外交の方が主流ではなかろうか。
復活させなければならないのは、江戸しぐさのような、人間と人間が交流していく上で気持ちよく交流できる考え方、生き方だろう。それは、今はやりの自己責任論とは、かなり違う地点にある。
安倍さんのいう「美しい国」は、戦前のような国家統制のとれた日本だと思われる。しかし、この日本は、戦争によって日本人の文化とモラルを破壊し、軍国主義を国民に押しつけた、極めて忌まわしい、醜い日本なのではなかろうか。
第2次世界大戦が終結して、日本は、戦争をおこなう国から戦争を放棄し、軍隊をもたない国へと変化を遂げた。この変化は、歴史の進歩を意味するものだった。国民のなかには、厳然として9条を守りたいという意識がある。これは、戦後の平和を求める変化が国民の中に浸透していることを意味する。
本当に美しい国をつくるというのであれば、戦後獲得した民主主義の上に、戦争が破壊した日本の文化を再建することではなかろうか。
明治から太平洋戦争終結までの77年間が、日本のよき歴史と伝統ではないだろう。戦後62年間の歴史は、明治以降戦争終結までの77年の歴史に近づきつつある。先の77年よりも戦後民主主義の中で培われてきたものの価値のほうがはるかに大きい。
主権在民、男女平等、8時間労働制、婦人の参政権、戦争放棄、恒久平和、生存権、幸福追求権、国民が国家権力をしばる日本国憲法の制定、これらの価値は、悲惨な戦争から導き出された価値のある財産だった。この財産が、いまは、なし崩し的に破壊されるつある。
貧困と格差が拡大し、少子化が異常なまでに進展し、農村が疲弊している現在の姿のさらに深刻な推進が、「美しい国」の現実でしかない。矛盾の拡大を国家権力の強権化で抑え込む力の政策が、安倍さんのいう、国家統制のとれた「美しい国」だろう。
古き時代のよき日本の文化・思想は、9条をもつ日本国憲法の下でこそ再建される。
日本の歴史を侵略で染め上げた戦前と戦中への回帰は、歴史の進歩ではない。それは、歴史の流れを逆行させる、悲惨な戦争への道にしかならない。日本はなぜアメリカの家来として、アメリカしかける戦争に参加したいのか。政治を動かしている方々は、自分も、自分の身内も、戦地には直接関わらないから、国民が統制のもとに入り、整然と動くことの方が、国民の命よりも大事だと考えているのではなかろうか。
あまりスッキリ考えがまとまらないまま、書いてしまった。長くなった。寝ることにしよう。








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