統一戦線の理論と運動

統一戦線に対する混同と不理解
松竹氏と鈴木氏の本を読んだ。どちらも2015年9月19日以降の野党共闘による連合政権に向けての運動に対する不理解(無理解)がある。保守的な政党である民主党(当時)などの野党と一緒に政権をめざすことを明らかにした志位委員長の記者会見から野党共闘の努力が始まった。それは安保法制の廃止、立憲主義の回復を軸にしたものだった。
日本共産党が掲げる民主連合政府とは
日本共産党は、日本における民主主義革命を目指している。そのために樹立する政権を民主連合政府と呼んでいる。民主連合政府をめざす目標は3つ。それは、
- 日米軍事同盟と手を切り、真に独立した非核・非同盟・中立の日本をめざす
- 大資本中心、軍拡優先の政治を打破し、国民のいのちと暮らし、教育をまもる政治を実行する
- 軍国主義の全面復活・強化、日本型ファシズムの実現に反対し、議会の民主的運営と民主主義を確立する
というものだ。同時に日本共産党は、綱領(政党や労働組合などの団体の政策・方針などの基本を示したもの)で民主連合政府に到達しない段階で、一致した目標に基づく連合政権を実現することも示している。
綱領を引用しよう。
統一戦線の発展の過程では、民主的改革の内容の主要点のすべてではないが、いくつかの目標では一致し、その一致点にもとづく統一戦線の条件が生まれるという場合も起こりうる。党は、その場合でも、その共同が国民の利益にこたえ、現在の反動支配を打破してゆくのに役立つかぎり、さしあたって一致できる目標の範囲で統一戦線を形成し、統一戦線の政府をつくるために力をつくす。
2015年9月以降、日本共産党が「野党は共闘」という国民の声に応えて踏み出した路線は、日本共産党綱領の位置づけからいえば、上記に書いた政権構想に当たる。このような方針は、2004年に改定された綱領以前にも書かれていた。
「一定の条件があるならば、民主勢力がさしあたって一致できる目標の範囲で、統一戦線政府をつくるためにたたかう」(前綱領)
1970年代の日本共産党による民主連合政府構想
ところで、1970年代、社会党と日本共産党の合意による革新統一の流れがあった。一時期、革新自治体で生活する国民は4500万人にのぼった。国政段階で政権合意は実現しなかった。このときの革新三目標は、
- 安保条約に反対し、平和・中立の日本を実現する
- 憲法改悪に反対し、民主主義を守る
- 増税・福祉切捨てに反対し、国民生活を守る
だった。1970年代に提唱していた「民主連合政府」ができていれば、安保条約は廃棄されていた。自衛隊は縮小しやがて廃止するという方針だった。
民主連合政府に至らない状況の下での統一戦線政府というものは、現実的な日程に上らなかったが、もし、この政権構想が具体化されていれば、2020年代に明らかにした野党による「連合政権」と同じように政策が具体化されたのは間違いない。この課題は、今に始まったものではなく、1961年以降、理論的には想定されていたことだった。ただ、踏み込んで具体的に検討するところまで現実が進まなかったので、基本点が明らかにならなかったということだった。野党による連合政権と日本共産党が目指している民主連合政府(政権)との違いは、作成した資料を見てほしい。
さしあたって一致できる目標の範囲での統一戦線政府
「さしあたって一致できる目標の範囲で統一戦線を形成し、統一戦線の政府をつくる」
という目標をはじめて具体化したのが、2021年秋の衆議院議員選挙だった。一連の安保法制の廃棄と立憲主義の回復を実現しても、安保条約と自衛隊の問題は手つかずの状態で残る。実現するのは集団的自衛権の行使容認を認めない政権となり、新しいガイドラインに基づいて安保条約の役割を拡大していく方向には明確にストップをかけることになる。
統一戦線というのは、一致点に基づいて政権をつくるということであり、各政党の政策で一致しないものは政権の中には持ち込まない。新たに出てくる問題については、その都度協議するというものになる。したがって、安保や自衛隊については、いわば以前の自民党がとっていた専守防衛、安保容認が政権の当面する態度ということになる。
統一戦線の理論と運動
野党共闘で重要だったのは、国会内で野党による共闘が重なっていくと合意点が広がり、共通する政策が一致していったところにある。運動によって、政党間の認識が発展するということが現実に広く起こっていた。野党間の合意の中には、日米地位協定の見直しという合意も入っていた。安保条約下でも、他の国が実現しているような対等平等の地位協定を結び直せるようになれば、日本とアメリカの関係は大きく変化するだろう。また、地位協定の改定の過程では、日米地位協定とは一体何なのかが、国民の前に具体的に明らかになるだろう。これが、国民に与えるインパクトはかなり大きい。衝撃はメガトン級だろう。
野党による連合政権が実現したら、一致点に基づいて具体化が進み、この具体化によって国民の運動や国民の認識が変化していく。統一戦線政府というのは、単なる理論的なものではなく、現実の中での理論と運動になる。政府による政策の実現と、政党や国民の運動によって、大きな変化が起こる。この変化の中で政権合意に広がりが生まれ、一致点に基づく選挙公約が幅の広がりと深みをもって国民の前に示されることになる。
誰も未来のことは分からないが、未来に向かって進化していく統一戦線の政府と運動は、次の新しい政権へとつながっていく可能性をもつ。もちろん、紆余曲折や後退もあるだろう。しかし、実行される政策によって国民の支持を得られたならば、新しい政権は、選挙のたびに選挙公約を発展させる。その中で新たな目標も提示されてくるだろう。その意味では、統一戦線というのは、理論と運動による発展を内包するものになる。
国民合意は選挙を通じて 階段を一歩一歩昇る
日本共産党は、国民が知らない間に、ある日突然政権の目標が変化することはないと明言している。階段を一歩一歩上るように選挙のたびに公約を明らかにして、国民合意の下で政治を前に進める。
松竹氏も鈴木氏も、統一戦線の理論と運動を理解しないで、いわば、平たいテーブルの上に、日本共産党の政策を並べて見せて、矛盾しているといっている。庭の畑で採れる果物は、季節によって採れる時期が違うのに、その時期を無視して、ミカンと桃、ハッサクが同時にあるのはおかしいといっているようなものだ。歴史的な時間軸を理解できないのでは話にならない。
理解できないで混乱しているのか、それともその混乱は故意なのか。



